われもかう通信
(仮想起業日記 - 2013Q1)
何とか「半引退状態」に軟着陸したいと思って始めた日記だが、 昨年は失職しただけで終ってしまった。 なので、このまま完全引退か、 それとも何とか「半」を実現できるか、予断を許さない状態になっている—— なので、皆さん目を離せませんよ、と :-)
(ちなみに、「われもかう」は現代假名遣いでは「われもこう」と書き、 「ワレモコー」と読みます。「われも買う」は、「あて字」ならぬ 「あて読み」でした、悪しからず。)
目次
2013-03-24 (Sun): 小人閑居して——故きを温ねる2013-03-20 (Wed): 小人閑居して——ラノベに嵌る
2013-03-17 (Sun): 小人閑居して——返り討ちに遭う
2013-03-09 (Sat): 失業者の 3ヶ月
2013-02-16 (Sat): 故きを温ねて——江戸の電卓は HP に限る
2013-01-26 (Sat): オフシーズンのグアム
2013-01-12 (Sat): ハローワーク初体験
古いわれもかう通信: 2012 年
2013-03-24 (Sun): 小人閑居して——故きを温ねる
今頃になっても、我が家のあちこちから古い本が書斎に集ってくる。 有り体に言えば、邪魔にされて排斥されてくる。 持ち込まれた当座は自分にとっても単なる「邪魔者」だったが、 ゆっくり眺めるゆとりができれば、これはこれでなかなか嬉しい事もある。 閑居のお陰である。まず、どうしても見当らなかった古い教科書が出てきた。 見付かって嬉しかったのは
- Tanenbaum, "Computer Networks (2nd Ed.), " Prentice-Hall, 1989
- Tanenbaum, "Modern Operating Systems," Prentice-Hall, 1992
- Mark Lutz, "Programming Python," O'Reilly 1996
- Ken Lunde, "Understanding Japanese Information Processing," O'Reilly, 1993
とはいえ、しばらく手許に置いてパラパラ眺めたりしている内に最初の興奮が冷めてきて、 やっぱり全部を手許に置いておく訣にはいかないなあ、 と思い始めた。何しろスペースが足りない。 写真だけ撮って処分してしまおう。
もう一つのグループは、古い岩波新書。 こちらは、リビングの本棚の奥の方にあったもの。 半月あまり帰省してから、帰ってみると、 元から一杯になっている棚の手前に、これらが二重になるように置いてある。 そのうちに仕分けて処分だな……と思っていたが、ついつい読始めてしまった。 最初は、
- 福田 豊彦「平将門の乱」岩波新書
- 日高 六郎「戦後思想を考える」岩波新書
- 佐竹 昭広「古語雑談」岩波新書
- 色川 大吉「自由民権」岩波新書 1981
- 都出 比呂志「古代国家はいつ成立したか」岩波新書 2011
- 中島 敦「山月記・李陵」岩波文庫 1994
- 正岡 子規「墨汁一滴」岩波文庫 1984
- 正岡 子規「病状六尺」岩波文庫 1984
- ドナルド・キーン「百代の過客」講談社学術文庫 2012
- ドナルド・キーン「百代の過客(続)」講談社学術文庫 2012
- 三好 行雄「漱石文明論集」岩波文庫 1986
2013-03-20 (Wed): 小人閑居して——ラノベに嵌る
「リブリア古書堂」で味を占めて、 我最寄り駅の啓文堂で平積みにしてある文庫を、 ちょくちょく手に取ってみるようになった。 (丸善では、目移りしすぎて、ラノベは買えない。) ただ、二匹目の「どじょう」はなかなか見つからないもののようだ。森村 誠一「新・野生の証明」角川文庫 2012
森村さんの小説は昔は沢山読んだものだが、最近はペースが落ちてきていた。 それでも「星の陣」や「星の旗」が大変面白かったので、 これも……と思ったが完全に期待が外れた。(そういえば、 「陣」から「旗」へもかなり落差があったような気がする。 二番煎じだったし。) あんまりがっかりしたので、「森村さん終ったな」とまで思った。 それくらいゲンナリしたよ「七囚」(モンスターの刺客達)には。 なんぼ「ラノベ」ってったって、そこまでやるか、みたいな。岡崎 詫間「珈琲店タレーランの事件簿」宝島社文庫 2012
啓文堂さんの「お勧めポップ」はなかなか的確に私のツボを突いてくる。 「古書堂」もそのせいで手に取って、そして嵌ったのだった。 一方、この小説については、ポップにあんまり力が入ってないように思った (オビのまんま) が、まあ、「古書堂」の隣に積んであるし、カバーの絵の雰囲気も似ているのできっと…… なんて、希望的観測は見事に外れて、あまり面白くなかった。 面白いかどうか以前に、作品としての完成度が低いように思う。 宝島文庫さん、欲かき過ぎて下手打ちましたなぁ、みたいな。黒崎 視音「警視庁心理捜査官 上・下」2004,「警視庁心理捜査官—Keep Out」2010, 「六機の特殊」2005, 「六機の特殊 II—蒼白の仮面」2012, 「交戦規則—ROE」 2008, 徳間文庫
これも啓文堂さんで「心理捜査官」を手に取って嵌り、 それ以降は、本の最後についている「好評既刊」だけを辿って、全部読んでしまった。最初、作者は女性だろう思った。何しろ名前が「ミオ」だし、主人公が女性だったし、 警察小説にしてはどこか「優しさ」が有るし、「設定」が Scarpetta シリーズを彷彿させるし…… しかし、後の作品になるにつれて、段々「男かな、それもかなり兵器・軍事オタク」 と思えてきた。(まだ確信はもてないが。)
警察、機動隊、自衛隊(「交戦規則」)と使われる「火力」がエスカレートするにつれ、 作者のボルテージも上がっていくのだが、私にはやっぱり 「心理捜査官」シリーズが一番良かった。 一見地味なところが、グッと来る。Scarpetta シリーズの派手なアクションや、TV や映画の刑事物の向こう受けを狙ったセリフより、 実際の警察官が普通に喋っていそうなセリフを重ねているのが何とも堪らん。 なにしろ、機動隊の特殊部隊がテロリスト鎮圧に出向く時でさえも、 「これより特殊治安出動装備にて臨場する!」(「六機の特殊」)だからねぇ。 うう、シブいぜ!
作者はどうやら、 (ハウツー物を含めた)各種の資料を徹底的に読み込んでこれらを書いているらしい。 これだけ調べるとなると、寡作になるのも無理ないし、それで余計好感を持ってしまう。 が、後の方の作品になると、段々「何だかなぁ」も出てくる。 特に「交戦規則」。自衛隊の兵士や幹部はそんな風には動かんだろう、とか、 たった一人でそんなにあっさり捕虜が奪還できるもんかねぇ、等々。 (何より、陸上の建物を狙うのに、ASM-2 は最後にダイブしないだろう……) それでも、そこいらのつまらない SF 戦記よりはずっとリアルなんだけどね。 でも、せっかく、「交戦規則」という題をつけたのだから、 その交戦規則(の不備)が、実戦とどうかかわるのかを、もっと書き込んで欲しかった。 (でも、本職の自衛官さえ想像もつかんだろうし、 そんなことを一所懸命書いても本は売れないかも知れないしなあ。)
三上 延「ビブリア古書堂の事件手帖 4」メディアワークス文庫、2013 年
ついに出ました第 4 巻、という感じで、発売日に買ってしまった。 (今回は、啓文堂は啓文堂だけど、新宿の啓文堂。) で、その日に読んでしまったけど、うむ、確かに面白いが、 発売日に飛び付くようにして買う程ではなかったな。なんでやろか。
理由の第一は長編にしてしまった事やろね、多分。 古書にまつわる謎がそんなに大層なものである訣はないだろうから、 敢えてそれで長編を保たせようとするのが無理なのではなかろうか。
あとは、「設定」が段々鼻についてきた事かな。 「俺」(五郎)が「本を読めない体質」ってのは、最初の頃は、 栞子さんが本の内容を説明する、 というシチュエーションを作るのに都合が良かったのだろうが、 今となっては、単に「有り得ねぇ」と思える。 後、栞子さんの母上のからみ方がどうも不自然でいけない。 その不自然さをと取り繕おうとして、ますます深みに……という感じがする。
でも、まあ、嵌り切れなかった本当の理由は、 出てくる本(江戸川乱歩の小説) のうち、どの一冊も読んだ事がない、 もしくは読んだ事を思い出せない、という事かも知れない。 なので、第 5巻が出たら、また買って読むだろうと思う。 (次は私の読んでそうな本をネタにしてね。)
2013-03-17 (Sun): 小人閑居して——返り討ちに遭う
失業者のくせに「忙しい忙しい」と零していて、 これも丸っきり嘘でも見栄でもないのだが、 拘束時間が減ったのも事実。 では、増えた「拘束されない時間」に何をしているかというと、 寝っころがって本を読んでいる事が多い。 敢えて「不善をなす」という程の心構えはなく、「ちょっと空いた時間に」とか 「ちょっと疲れたので、横になったついでに」とか言って、 文庫本とか新書を読む。 読んでしまってから多少の罪悪感を感じる……というパターン。そういう時に手に取るのは、(大)昔に読んで感動したものとか、 途中でやめてしまったが気にかかっている奴、 お気に入りの作家の最新刊…… 要はあまり構えない、有り体に言うと「ゆきあたりばったり」という事。 しかし、これがなかなか良い。 もちろん外れもあるが、大半は大当たり—— これはもう、「仕事への色気」 (つまり SRD) は捨てて、FRD (Full Retired Dilettante) だなぁ、とも思う。
しかし、「外れ」の方から始めよう……
小川 環樹 他訳「完訳 三国志」岩波書店 1982
何故か大昔から第一巻を持っている。「いつかは」と思っていたのだが、 ついつい先延ばしにしていたのだった。 で、「ゆきあたりばったり」のついでで手に取って読み始めたものの、 然程面白いと思えない。とうとう最後まで「血湧き肉踊る」ところまで行かなかった。 こういう古典中の古典を「面白くない」というのはちょっと勇気が要るが、 正直自分には向いてないようで、次の巻も読もう、とはならなかった。まあ、そもそも続きの巻はもう売ってない。 しかし、文庫は岩波からも他の書肆からも出ているようで、 そのうちの一つを立ち読みしてみたが、最初からえらく話が違う。 どっちかというと「ありそうな話」になっているようだ。 しかし、もう一回買って読み直す気にはなれない。
森鴎外「高瀬船」、「寒山拾得」、「澀江抽齋」 岩波鷗外全集、第十六巻、1997
これは菊判の全集なので、寝転がって読むには無理がある。 しかし、全ページの半分くらいはその「無理」を通したような気がする—— 本は置いて頬杖を付くのだが、お陰で背中の右側だけ痛くなった。閑話休題。
私は密かに加藤周一氏に私淑していて、 その評論、特に「日本文学史序説」に心酔している。 で、その人が、鴎外を漱石よりも高く買い、 中でも「澀江抽齋」は最高傑作の一つであり、 明治期の日本語の散文にこれに勝るものは無い、とまで言い切っている。 一方で、自分はかつてそれ(「抽齋」他の史伝)を途中で何度も投げ出してしまったので、 なんとも収まりがつかないままになっていた。
で、今度こそ、とばかりにチャレンジしたのだが…… しかし、「ちょっと空いた時間に読む」のであるから、 最初からやたら長い「抽齋」は難しい。助走の意味も込めて、 同じ巻にある「高瀬船」と「寒山」から始めた。 で、前者は(以前の読後感と同じく)確かに面白かった。 しかし、「寒山」がいけない。 最初の方は面白いような気もするが、結局何が言いたいのかよく解らない。 後に付いているその「縁起」を読んでもやはり要領を得ないのだから、 これは埋め難いギャップと言わずばなるまい。 多分、寒山拾得の漢詩をよく知っていて、それらが大変優れているという了解が無ければ、 この「小説」の妙味は解らないのだろう。
助走のつもりが何だか逆に勢いを殺がれてしまったが、 そのまま「抽齋」に突入、途中何回かの中断を乗り越えてなんとか読み終える事ができた。 しかし、今回もそれ程の傑作とはどうしても思えない。 返り点無しの漢文はかなり辛かったが、 正字正假名、字音假名遣ひによる振り仮名に然程の抵抗は無かった。 むしろ我師が称賛して已まない「作者自身の活動の叙述」のせいで、 どうしても作品に入り込めなかったのだと思う。 つまり、鷗外の発明になる「新しい形式」(「史伝」)は私にはあまり面白くないのだった。 あと、伝記の部分であっても、周囲の人達、 特に抽齋死後の家族に関する話はあまり興味深いとは言えない。 (しかし、五百(抽齋の四人目の妻)に関する逸話とか、 幕末・明治初年の津軽藩士の身の処し方等はとても面白かった。 が、それは釣りで言えば外道だろう。)
なので、加藤師には申し訣ないが「北条霞亭」や「伊澤蘭軒」に行くのは、 しばしお預けとする。
2013-03-09 (Sat): 失業者生活 3ヶ月
「毎日が日曜日」となっても、 自分は「何もする事がない」なんて嘆く事はないだろうと予測していたが、 実際その通りで、むしろ忙しくあれこれに手を出して、結局どれも手につかない為体。 しかし、毎朝きちんと出勤する人達に何だか申し訣ないなぁ、 という気持は日毎に薄れてきた (俺って、こんなに怠け者だったのか……) そんなものは単なる感傷だが、 自分がもういっぺん「毎朝出勤する」立場になるのが億劫に思えてきた。 これはマズいかも。ハローワーク
説明会他を入れると、もう 5回も行った訣で、さすがに慣れてきた。 暖かくなってきて「寒空に路頭に迷っている」感が減ってきたし、 また、窓口の人がかなり事務的なので、 感じるプレッシャーも小さくなってきた、という事か。 (しかし、国道 20 号線沿いに往復 1 km 歩くのはちょっとツライ。 渋滞する車の排気ガスのせいで鼻や目が痛くなる。) 最初は「手間暇の割には少ないんぢゃないの」と不満だった給付金額も、 再就職先が一向に見付からないとなると、とても有難いものに思えてきた。後、ハローワークの端末で仕事を見付けるのは無理だと早々に観念した。 RF エンジニアの求人は皆無で、なあんだ我々は世の中に必要とされてないのか…… いや、かつては「引く手数多」だったから、単に今は時期が悪いって事だろう。
就活
真剣に職探しをしている人達には申し訣ないくらいの事しかやってないのだが、 しかし、どれもうまく行かない。第一に「年齢」の壁が厚い事を思い知らされた。 数年前に話をしたヘッドハンターに 「残り数年だと、要求を下げないと難しいですよ」とか言われて、 「そうですか、ならいいです、そんなに焦ってもないし」 なんて不遜な事を嘯いていたものだが、残り半年となると、 既に要求の高低の問題ではなくなっているらしい (要は、はなからお呼びではない、という事。) ちなみに、 会社からの正式な文書の「お断り」には年齢を理由に挙げる事は少ないようだが、 人事担当の人は遠回し若しくは露骨にそう言う。 まあ、そんな見る目のない会社は、こちらから願い下げぢゃ……という事にしておこう。
数多ある「紹介会社」もなんだか熱意がない。 上の理由で、こちらの商品価値が下っているのだから仕方無いと言えば言えるが、 それにしても、御座なり、の感は拭えない。 手っ取り早く成功件数を増やして稼がねば……というのは正統な企業努力だが、 それがあまりにも露骨だと、サイトに並ぶ「綺麗事」がしらじらしいよ。
新手の商売として、顧問派遣というのが有るらしい。 この「顧問」というのは、一週間に一度顔を出して幾ら…… らしく、セミリタイア希望の私には「打って付け」なのだが、 なかなかそれらしい「相談内容」のものが無い。 「どのように市場調査をしたら良いか」とか、 「どこか売り込み先(個人)を教えて」というのが多いのだが、 そんな事はこちらが教えて欲しいくらいのもんだ。 しかし、何より、顧問料の 40% を派遣会社が取る、というのが気に入らない。
起業
電磁界シミュレータに目途をつけてから、なんて思っていたが、 フリーのもので何とかする、の方は一向に進捗しない。(そもそも GPGPU を使うフリーのシミュレータは無い、という事は解った。がっかりだが、 迷うファクターが減ったとも言える。) 一方で、市販のものも最近は安くなってきたらしい (どうやら、私らが米国で使っていたものはとてつもなく high-end だったようだ——なにしろ、8 GPGPU だったもんね。) で、最近見たものの中では UI が比較的解り易そうな ○fdtd の試用を思い立って、依頼してみたが、 村田さん同様「個人」はお断りなんだそうな。 (応募フォームにそう書いておけよな、というのは措いても) うーむ、これはまず「個人」を卒業しないといけないな。また、先日某所で会議に出たら、その場にいた 5 人のうち、4 人までが(つまり私以外の全員が)株式会社の社長さんだった。 社長業なんて、面倒臭いばっかりでちっとも面白くない、と思っていたが、 こうポピュラーだと、 そんな風に毛嫌いするのは贅沢(というか怠慢)か、とも思えてきた。
で、またぞろ(ちょっとだけ)調べてみた。 以前当ってみたとき良く解らなかった「資本金」 云々だが、これについて書いてあるサイトを見付けてあっさり解決。 何でも、定款の作製認証から法務省での登記までの間に、 自分名義の銀行口座にその金額以上を振り込めばよく、しかも、 その期間に振り込んだ、という記録を残せば良いだけで、 その後は引出しても可、なんだそうな。
「資本主義の根幹ってそんないい加減なもんだったのか?」とか、 「ぢゃあ資本金の額に何の意味が有るの?」という疑問が湧いてくるが、 とにかく、これで「なにをどうやれば良いか」ははっきりした。
後は、株式会社にするか合同会社にするか、だけだな。
2013-02-16 (Sat): 故きを温ねて——江戸の電卓は HP に限る
なにしろ二十年以上も他の電卓を使ったことがないので、 「目黒の秋刀魚」になっている可能性が大ですが……大昔には「計算尺」というものが有って、 自分は何故かこれに随分嵌った。 工業高専に入学した時、製図用具や電気工具と一緒に買わされたのだが、 なんと、このために「逸見計算尺」から指導員が来て、 何時間か講義・実演してくれたのだった。 ひとクラス纏めてとは言え、 数千円の教材のために態々出向いてくれるというのも凄いが、 その実演がまた素晴しい。中でも、F 尺?(√10 だけずらせた目盛)に移ったりまた普通の尺へ戻ったりする度に、 足の爪先を上げたり下げたりして、どっちだったか憶えておく、 という名人業に甚く感動した(「お、プロじゃのぅ!」。) それですっかり嵌ってしまい、結構真面目に練習して、 そこそこ実用になるところまで行ったように思う。 (「爪先上げ下げ」もマスターしたが、すぐに忘れてしまった。)
しかし、大学へ入ったのがちょうど関数電卓が普及しはじめる頃で、 同級生達はすぐそちらへ走ったが (というか、そもそも普通高校では計算尺など習わないものらしい) 自分は「この軟弱者め、こっちの方が速いに決まっているじゃないか」 等と言ってしばらくは計算尺で頑張っていた。 驚いた事に、先生方の中にも、そういう頑迷固陋派は居て、 学生の前で使って見せてくれたりした……私は特に感心もしなかったが (その前に名人技を見ているので。) しかし、さすがに先生の「言い訣」は高尚で、「関数電卓には、hyperbolic sine/cosine が有りませんからねぇ」というものだった。 しかし、電卓にそれらが乗るのはその後あっという間の事で、 その先生もあっさり陥落したらしい。 実は、私はさらにその前に関数電卓を買った (私の計算尺には初めから hyperbolic sine の尺なんて付いてなかったし。) というより、半導体物性や電磁気学でよく使う定数は、1.602e-19 (e) とか 9.11e-31 (me), 6.63e-34 (h) と言ったような二桁の指数部を持つので、計算尺で扱おうとすると、 位取りというか指数部の計算を筆算でやる事になる…… これはとてもやってられない、という事で関数電卓に移行してしまった。 (その頃の映画で、原潜の暴走している原子炉の前で、 何やら計算尺で計算していたが、沢山の命がかかった状況で自信をもって、 計算結果を出せるのか、とえらく感心したのを憶えている。)
その後しばらくは計算尺そのものは持っていたのだが、 就職したあたりで捨ててしまったようだ。惜しい事をした。
その後は関数電卓を使っていたのであるが、 しかし、その地位も長くは安泰ではなかった。 メインフレームしか無かった頃はともかく、PC が使えるようになってからは、 何度も「電卓なんか要らないなあ—PC で何でもやれるし」と「やっぱり必要かも—PC は一々立ち上げるのが大変、 第一実験室の作業台の上に置けない」 の間を行ったりきたりした。
だが、ン十年前の或る日「電卓はやっぱり必要」の方に大きく揺り戻した。 HP の RPN 電卓 HP-42S を買って、すっかり愡れ込んだのだった。RPN 記法は、ちょっと練習が必要だが一旦慣れてしまえば、 キーのタッチが素晴しい事と相俟って、 括弧を使う方式より格段に早く確実に入力できる。 また、機能としては何よりも普通に複素数が扱え、 電気回路の計算、特に S-parameters の計算には必須、等々。 という訣で、1987 年に買って以来、電卓に関しては、これ一本でやって来ている。 26 年前の製品が今尚ちゃんと動く、というのが何より素晴しい。
とは言え、それをずっと使ってきたか、と言うと実はそうでもない。 Python(と NumPy やその前身の Numeric)を使うようになってからは、そちらにお株を取られるようになり、 特に Notebook PC や MacBook で、Python を常用するようになると、ますます 42S を取り出す機会は減ってしまった。今や、沢山のデータを手で入力して、 統計処理する、という時ぐらいしか使わない。 しかし、測定器と PC の間も GPIB(死語?)他で繋がるようになり、 測定結果を手で入力するという場面も減ってしまった…… (それでもまだ時々使ってみるのは、計算尺の時と同様、 郷愁というか「無意味な愛着」を引きずっているだけかも知れない。)
電卓の場合、疎遠になると、本体がどこかへ行ってしまう、 複雑な使い方は忘れてしまう、使おうと思ったら電池が切れていた、 等でますます使う機会が減る、という具合に、負のスパイラルに嵌ってしまう。 とは言え、毎日使う訣でないものを、ポケットに入れて歩く訣には行かない。 やっぱりこれも計算尺と同じ運命かなあ……
と思っていたところに、この iPhone App を見付けた。 実は、この正月休みに血圧計のデータの標準偏差を計算しようとして、iPhone で動く RPN 電卓 App を探したのだった。 そしたら望外の掘り出し物、42S そっくりの App が見付かった…… その名も Free42。 狂喜乱舞、とまで行かないが、とっても嬉しかった。他の RPN 電卓 App には、「バグがある」との Review もあるが、 これについては、略全員のレビュアーが「五つ星」をつけている。素晴しい。
ただ、こうやって並べてみると、かなり小さいし、 クリック感が無い事を考えると、 統計処理のために沢山データを入力する、 という(私にとっての)本来の使い方には向いていないかも知れない。 しかし一方で、 いつもポケットに入っているという点については十分クリアできているので、 しばらくはまた使ってみよう。
実は、おかげで、本物の方もまた時々触るようになった。 考えてみれば、この次ラボワークをやる事が有れば、 それは自宅でだろうから、持って歩く必要もないだろうし。 しかし、問題はむしろ「そんな日が来るだろうか」という事かな :-p
2013-01-26 (Sat): オフシーズンのグアム
この一年余り、家族と旅行へ出かける、というと決まって邪魔が入る。 最初のサイパン旅行は、米国からの出張者が有って、予約をキャンセルした。 出発直前だったのでキャンセル料を取られた。 二度目(韓国)も、同じ人の来日でキャンセル。 上の事件に懲りて慎重になったカミさんは、 早目にキャンセルして、キャンセル料は免れたらしい。 このあたりから、私の「信用」は地に落ちてしまい、 三度目なぞは(最初から)私抜きで皆でハワイへ行った。 (その時も同じ人の出張。なんだか、妙に同期しているのが不思議。) なので、今度は万全を期さねばならない。 と言っても、今は浪々の身なので、 「仕事のせいで」ダメになる事はまあ無いだろうから、 心配なのは体調だけ。正月に風邪で寝こんでしまったが、 まあ、それもふっきれた。何でこんなにしつこく「因縁」を書いているのか…… 失業者としては、 リゾート地に出掛けるのはちょっと心苦しいので、 「こんなに苦労して、ようやく、なんですよ」と言いたいのでした……
初日
三泊四日の予定だが、朝成田を出発して昼過ぎにグアムに着き、 帰りは、午後にグアムを発つという欲張ったスケジュール。 で、自宅を始発電車に乗れるように出ないといけない。 自分にとっては、特に早起きではないが、電車に乗ってみたら乗客は自分達だけ。 空港リムジンも空いていて、また、首都高もガラ空きで、 へぇ、空いてさえいれば、東京の高速道路網もこんなに快適なんだと再認識したね。飛行機はデルタ航空の B757。こんな季節・時間なのに、ほぼ満席。ちなみに B787 はそもそも保有していないとかで、私の心配は杞憂に終った :-p。 が、御多分に洩れず、ビデオモニタ(座席の前の LCD ではなく、 天井に吊った CRT モニタ!)は調整不良で、 映画はおろか避難の案内も満足に見えなかった。 おまけに、飛行機のドアを閉めた後一時排気ガスの匂いがしたりした。(これが B787 だったら、大騒ぎになったに違いない。) 離陸直後と、グアムに近付くあたりで大層揺れた。その所為で食事は慌しかった。
空港からホテル (Onward Beach Resort) までは、ホテルの車で 30 分もかからなかった。 チェックインもスムースで、車のドライバから、 鍵その他の入ったパケットを受け取っておしまい。 しかも、予約したのは「タワー棟ではない」建物の City View なのに、実際にアサインされた部屋は、タワー棟の Ocean View の部屋だった。 何かの間違いだろうが、ともあれ、楽天トラベルさん、ありがとう。
着いた日は、ホテルに付随している Water Park で遊ぶ事にした。 「マンタ」は期待通りの迫力で良かった。 しかし、プールは水が冷たくて、たまたま風が強かった事もあり、 ちょっと泳いだだけで、早々に引き揚げた。 (稲城の温水プールが懐しかったぞ。)
夕食はホテルの「ポリネシアン・ダンスショー」を見ながらのバーベキューにした。 生で見るのは初めてなので、比較はできないけど、ショーは良かった。 食べ物の方は、まあまあ。
二日目
翌日は、目の前のラグーンで、カヤッキングとスノーケリング。 夜明け頃に窓からの眺めを写真に取って、Facebook にアップロードしたが、 日が差してくると、さらに「絵に画いたような珊瑚礁」になった。 ここで泳げる、というのはちょっと嬉しい。 ホテルで、オール(パドル?)と、マスクを借りて、 島までカヤックで行き、そこで遊ぶ、という趣向。 たった一時間だし(延長しても誰も文句を言わないようだが)、 ラグーンはとても浅いので、少々不満が残るように思ったが、 やってみると、我々の体力には丁度良かった。 フィンを借りなかったので、本当にそこらをフワフワ漂っただけだが、 島の近くには魚がいっぱい居て、 堪能できた。(多分餌付けしているのだと思う。)午後は、カミさんのお供で、近くのモールへ出かけた。 Hard Rock Cafe で昼食。 「迷った時のディフォルト」でサーモンを食べたが、味はまあまあ (火を通し過ぎなんだってばぁ、と言っても詮無い事だが。) それはともかく、Restaurant Talk だけは自信が有ったのだが、それも怪しくなっていて、 ちょっとがっかり。 その後の買物は、カミさんの「映画見るなり、何してても良いよ」 という暖い思い遣り(というか、厄介払い)のおかげで、 自分にとっては自由時間となった。で、ちょうど良い時間に "Le Miserables" をやっていたので、それを見る事にした。 Box Office で Senior (age 55+): $5 とあるので、おずおずと、切り出してみたら、 あっさり認めてくれた。ID も何も要求されなかった。 自分もそれなりの年に見えるようになったか、と嬉しいような、寂しいような……。 ともあれ、映画はまあまあ楽しめた。 ミュージカルというのに慣れてないし、 Russel Crowe がいきなり歌い出すのに笑ってしまったりしていて、 話はあまり良く解らなかったが……(最後方の「バリケード」は「6 月事件」の話だったのか。)
三日目
三日目は、意を決して、オプショナルツアーに出かけた。 体験ダイビングや水中散歩を含む、ほぼ一日かかるコースも考えたが、 結局日和って、 数時間の「イルカウォッチング(と後諸々)」コースにした。 感想は「それなりに」だった。まず、港が遠くて、車で 30 分以上かかる。 その上、スクールバス(黄色い車体に本当に School Bus と書いてある、 どこから調達してきたんやろ)が、舗装の悪い道を飛ばすので、 めちゃくちゃ乗り心地が悪い。あと、「諸々(スノーケリング、釣り)」の方は、 どうも「御座なり」で、不満が残る。(せっかく、水深が 3 〜 5 m 有るところへ潜るのに、フィンを貸してくれない、等々) でも、イルカはしっかり見えたので、「それなりに良かった」という事にしておこう。 (本当は、何は無くとも、 天気は良いし、環礁の外へ出て、群青色の海の上を小さな船で漂うというだけでも、 私には充分愉快なんですけどね。)午後はやっぱり買物。前日とは違うモール(Premier Outlets)に出かけた。 今回も早目に解放してくれたが、前日とは違い、ちゃんと準備していた。 つまり、冷房の効き過ぎに備えて長袖の上着を着込み、映画館の Web で何を見るか決めておくという用意周到ぶり。 で、Senior 料金 ($5.25) で、"Broken City" を見た。 Mark Wahlberg が出ている、というだけで選んだようなもので (私は "Shooter" のファンです) 大して期待していなかったが、見ての感想もやっぱり「そこそこ。」 (これは、日本では上映されないかもね。) おかしかったのは、市長役が Russel Crowe によく似ているな、と思いながら最後まで確信が持てなかった事。 後で調べたら、やっぱりそう。前日の Les Miserables で見たばかりなのに、ファンとしてはちょっと情無いが、 まあ、考えてみれば、髭無しの Crowe さんを見るのは久し振りだった訣で、 勘弁してもらおう。
四日目
四日目(最終日)も、カヤックで島へ行ってシュノーケリングを楽しんだ。 今度はフィンも借りられたので、かなり快適だった。 (なのに、何で私のバタ足はちっとも進まないんだろ、不思議。) が、島から離れてもちっとも深くならず、見える魚は却って少くなる。 一方で、巨大なウミウシやナマコ (50 cm) が見られるようになるが、 こっちはそんなに嬉しくない。特に後者は、フィンでつついたら、 肛門から白いウドンの束のようなものを出した……さすがに不気味であった。 (今、Wikipedia で調べたら、これは「キュビエ器官」というらしい。 で、これは自己防衛で放出され、再生に 1 - 3 ヶ月かかるんだとか。 ナマコさんに悪い事をしてしまった。)という事で、三泊四日の四日とも海に入った訣で、とっても充実していた、 というか「お得」感が有った。
帰りの便は、然程混んでいず、揺れも少なかったし、 予定より早く出発・到着して、かなり好印象。 また、珍しくビデオシステムがきちんと動作して、映画を楽しめたらしい。 早く到着したおかげで、無理と思っていたリムジンに乗れた—— それを逃がしたら、その後 2 時間以上便が無いところだった…… おまけに、金曜日の晩だというのに、首都高の渋滞も無かった。 全く、平日・シーズンオフの旅行は具合が良いもんですなあ。オススメです。
番外(まとめ)
格安パッケージ旅行なので、あんまり贅沢を言ってはいけないが……ホテル
客室: 広さと Ocean View には感動したが、 ユーティリティは「今一」:- エアコンがとてもうるさい。エアコンが必須という程暑くはないが、 暑がりで、かつ騒音が気になる、という人にはちょっときついかも。
- ウォッシュレットがうまく動かない。 無くてあたり前なんだろうけど、 有るのを見て感激しただけに、 ちっとも思うように動いてくれないのには余計ガッカリした。 何故か Panasonic 製なり。
食事: 特に酷い訣でもないが、然程旨いとも言えない。朝食バイキングのコーヒーは酷い。 ディナーショーの BBQ は「今二」くらい。レストランのステーキは (Angus Beef のはずなのに) 期待した程ではなかった。
言葉
グアムへ来る観光客の 8割が日本からだそうで、大抵のところでは日本語が通じる。 が、当然の事ながら、そのレベルはまちまち。 ホテルのコンシェルジェの御嬢さんの敬語まで完璧な日本語から、 ビーチボーイの兄ちゃん達の、冗談を言っているつもりらしいのだが、 よく考えないとさっぱり解らない日本語まで。インターネット事情
有線: ホテルの部屋からは、Ethernet で繋がる。24 時間で $5。 転送速度は、宣伝程は早くなくて、下りが 1 Mbps くらい。 しかし、何故かレスポンスが滅茶苦茶良い。otacky.jp へアクセスした際のページを表示し始めるまでの時間は、 自宅でサーバの目の前からアクセスするのと然程変わらない。Wireless 接続: いくつかのサービス会社が有るようだが、 GUAMWiFi.com というところのを使ってみた。1 日 $10, 5 日で $20。 接続時の応答性や伝送速度はまあまあ。 しかし、sign-in や、log-in の時の使い勝手は今一。 sign-in の時は、user-id として表示される文字列を、 log-in する時は password の欄に書く、とか、 pop-up して出てくる log-in の中では、"agree on terms ..." にチェックしないとログインできないのだが、 スクロールしないとその箇所が表示されない、等——最初は大分とまどった。 大概の shopping mall とその付近のレストランで繋がる。 勿論、ホテルの部屋でも繋がる。 不満としては、自動切断までの時間が非常に短かい事。 ちょっと油断すると切れてしまい、また password の入力を要求される。 その入力画面が上のような「問題」を含んでいるので、ちょっとイライラする。
また行く事が有ったら
Deep Sea Fishing: 出発前にざっと調べた限りでは、トローリングは無さそうだったが、 ホテルの内外や、旅行代理店(いっぱい有る)では、その宣伝を結構見掛けた。 また、ハーバーには立派なボートが沢山係留してあるところを見ると、 どうも暇にしているらしい。もし次が有るなら是非試してみたい。 が、何時がシーズンか、とか、乗合ができるかどうかについては、 もっと良く調べる必要が有る。
Gun Shooting: さすがに自分から出向くのにはちょっと抵抗があるが、 ホテルから無料で送り迎えしてくれるらしく、しかも料金は $35 から。これなら敷居が低いかも。
2013-01-12 (Sat): ハローワーク初体験
これは"Hello Work" って綴るのだろうか。 もしそうだとすると、いかにも「座り」が悪いなぁ。 ともあれ「ハローワーク」は愛称だそうで、 正式名称は今でも「公共職業安定所」らしい。略して「職安」…… うむ、こっちは「安定」はしているがちと暗い。私は、過去 4回転職したが、いずれもギャップ(間隔)が無かった。 最初の転職(某 F 社から 某 D 社へ)の時など、明け方まで「送別会」をして下さって、その足で、 転職先へ出勤したので、「間隔」は実質数時間だった(今思えば、 何だか「陰謀」のような気もする——実際、その朝 D 社の人事の人に「声が嗄れてますよ、さぞかし遅くまで……」と笑われた。) という事で、雇用保険のお世話になった事は一度も無く、 なので、一度は失業給付金を受けてみたい、と。
で、O 社から離職票が来るのを待ち兼ねるようにして、HW に出かけた。 初日は、「失業状態の確認」という事で、その離職票と一緒に、 アンケート(自己申告書)を出す。 通り一遍と言えば、通り一遍なのだが、 「全日制学校の学生ですか、今後入学する予定はありますか」とか 「(有給無給を問わず)会社の役員ですか」などという、 こっちの思惑を見すかしたような項目も有る—— そうかあ、給付金をもらいながら、 起業したり学生になったりはできないんだ。 実はそんな事は先刻承知、というか、そんな事をこっそりやるつもりは無いけど、 「半引退(SRD: Semi-retired Dilettante) もアリかな」 なんていうユルい考えを非難されているような気がして…… しかも、それを提出して終りではなく、かなり念入りな「確認」をされるし、 別の窓口で「就職相談」と称する面談もある。
その後、日を置いて開かれる「説明会」にも出席。「失業状態の認定」について、 かなり詳細な説明が有り、またもや、SRD (Semi-retired Dilettante) 志望者は良心の呵責を感じたのであった。説明を聞いた所為で、というより、 他の求職者の方々の真剣さというか沈鬱な様子を見た所為の方が大きい。
かくの如く厳しいチェックを経て、先日、指定された「最初の認定日」に HW に出向いて、失業状態である事を無事認定して頂いた。 一二週間の後には給付金が振り込まれる予定。 なんだか、これでやっと一人前の「失業者」もしくは「求職者」になれた気がする。
244/1,780,910 Taka Fukuda Last modified: 2013-07-24 (Wed) 15:02:48 JST