San Diego 通信 (2008)


目次

12/21/08 (Sat): やっぱりな(その五)
12/6/08 (Sat): 加藤周一さんと田母神「論文」
11/15/08 (Sat): やっぱりな(その四)
10/18/08 (Sat): ThinkPad X200
10/8/08 (Wed): ノーベル賞受賞者が 4人も!
10/4/08 (Sat): やっぱりな(その三)
9/6/08 (Sat): やっぱりな(その二)
9/1/08 (Mon): やっぱりな
8/9/08 (Sat): 東京通信
7/12/08 (Sat): 自分の名前くらいは発音できます……
6/28/08 (Sat): 実弾発射初体験
5/31/08 (Sat): 無題
4/26/08 (Sat): インターネット中進国
3/29/08 (Sat): シンガポール
2/25/08 (Sun): 無題
2/17/08 (Sun): 多事多難
2/9/08 (Sat): ISSCC
1/5/08 (Sat): 瀬戸内通信
1/4/08 (Fri): 歴史的假名遣ひへの訣別(哀惜)の辞

2007 年分
2006 年分

12/21/08 (Sat): やっぱりな(その五)

どうもいつも周回遅れのレスポンスになって、 まどろっこしい事この上ない当床屋政談ではある。

それにしても、とうとう我らが田母神「論文」は、正式にアパ賞を受賞して、 英文版も世界に発信された。 御同慶の至り。 米国下院あたりから、また非難決議が出るのではないか、 と他人事ながらちょっと心配していたが、 米議会はビッグスリーをどうするかを始め、問題山積で、 どうもそれどころではなかったようだ。

それはそうと、その際、アパ代表が事件発覚以来初めて記者会見に応じたらしいけど (なんだか逃げ隠れしているみたいでみっとも無いが、それはともかく)、 「やっぱりな」というべき箇所がいくつも……。

(東京新聞 2008年12月8日 20時24分)

田母神俊雄前航空幕僚長が歴史認識に関して政府見解を否定する論文を発表し更迭された問題で、懸賞論文を主催したマンション・ホテル開発企業「アパグループ」の元谷外志雄)代表が8日、都内で会見し、応募作の中に田母神氏の論文が含まれているのを知った上で審査に加わっていたことを明らかにした。

元谷氏は「田母神氏の論文を最優秀賞に選ぶよう主導していない」とする一方で「民 間の論文なので、わたしがいいと思う人に賞をあげてもおかしくない」とも述べた。

あはは、なんとも……。 「主導していない」の方は「んなアホな」「嘘こけ」としか言いようがない。 なにせ、当時の報道によれば、元谷氏の「最高点」がなければ、そもそも田母神「論文」は最終選考に 残らなかったはず。 最終選考の方だって、強引そのものの元谷アパ代表の誘導がなければ、 田母神「論文」が最優秀賞にはならなかっただろう。 で、初めから田母神氏の論文だと知ってこれをやっているんだから、 「主導していない」は明白な嘘である。

また、「わたしがいいと思う人に……」のほうは、本音だろうし、 前者のしらっとした大嘘に比べれば「正直で宜しい」と褒めてあげたいくらいだが、 しかし、これはこれで大問題である。 「私がいいと思う人」に賞をあげるのは氏の勝手だろうが、 それならお一人でやれば良いのであって、 「錚錚」たる審査委員の方々を相手に茶番をやって(虚仮にし)、 多数の航空自衛官を論文投稿へ「動員」して(虚仮にし)、 他の投稿者の方々を茶番に使って(虚仮にし)た事については、 「わたしの勝手でしょ」では済まないだろう。

「ちょっと思慮の足りない現役の将官に自分の歴史観を語らせる」 もしくは「私の大好きな現役の将官にお小遣いをあげる」 のどっちが氏の本当の狙いだったかわからないが (両方だっただろうと私は勘繰っているが)、 それに箔をつけよう、もしくは隠れ蓑にと「懸賞論文」を思いついたに違いない。 それなら、もっと周到に準備すれば良かったのに、と思う。

例えば、渡辺委員長様に最高点を与える論文を間違えないように、 こっそり論文番号を念押ししておくとか。 そしたら、最終選考で、アパ代表様が「影響力」を行使して、 疑惑を招く事も無かったかも。あ、これ、冗談のつもりだったが、 実はいい線をいってるかも知れないと思えてきた。 「WiLL」誌での田母神「論文」の持ち上げようからして、また、 こんなにアパ代表に虚仮にされても怒らない事からして、 私は渡辺委員長様が最初から「できレース」の一味に違いないと疑ってきたが、 一方、なんで最初から最高点をつけなかったのかが解らなかった。 しかし、これも渡辺委員長様が単に番号を間違えただけ、と考えれば辻褄が合う。 要領を得ない弁解も、きっとアパ代表様に叱られてしょげていたからに違いない。 まったくもってゆるい 「稀代の碩学」「知の巨人」様ではある。 (もっとしゃんとしないと、ピエロの役さえ貰えなくなるのでは、 と心配してしまう。)

ピエロと言えば、花岡審査委員様もゆるいというかいい加減な御仁ですなぁ。 なんかこう話をはぐらかすというか、ふわふわしていて頼りない。 長屋の隠居を気取っている、という批判も有るらしいが、それはむしろ褒め過ぎで、 「保身」や「韜晦」がしょっちゅう見え隠れする。件の記事を敢えて再掲すると、

花岡信昭・産経新聞客員編集委員の話

田母神論文に書かれた歴史的事実は、先の戦争でのコミンテルンの力を過大視するなどの難点があり、採点では最高点を付けなかったが、「日本人よ、誇りを取り戻そう」といったメッセージが明確で雑誌論文的で読みやすかったことから、その後の議論の中で最優秀とした。審査は公正だったと考える。あらかじめ田母神論文が最優秀と決まっていたという勘ぐりは、審査委員の名誉を傷つけるものだ。

この「歴史的事実に関する難点」 (「歴史意識」の論文にこれ以上重大な難点が有るか?)が、 元谷氏の強い「影響力」の下にあった「その後の議論」で、 重大ではなくなり、代りに(言うに事欠いて)「読みやすい」事を買って最優秀にしたのなら、 要は他の審査委員同様、最初から「できレース」を狙っていた元谷氏に妥協した訳で、 「あらかじめ田母神論文が最優秀と決まっていた」は妥当な推論だと思うし、 なので「審査員の名誉を傷つける」は笑止千万である。 第一、他の審査員の方々は、「元谷代表に載せられたのか判然としないでいる」とか、 「振り返ってみると、 審査では元谷代表が自分の意向を反映させる機会が数多くあり、 田母神氏に賞金を渡すための懸賞論文だったと見られても仕方がないのではないか」 とまで仰っている。 同じ審査員でありながら、 これを敢えて「公正だった」と言うなら、花岡産経新聞客員編集委員様は、 よっぽどおめでたい(批判精神を持ってない)お人なのか、 そもそも「自分の考え」(思想とまで言わないが)を持っていないお人なのだろう。 (というか、読者を嘗めてないかい?)

てな具合に、周回遅れで記事を読んでいても、脱力する事が多いこの話題であるが、 まあ、収穫も少しは有った。 「と評論家」と「罵詈雑言」のコレクションが増えた事。 上記の渡辺上智大名誉教授様のサイトとか、 花岡産経新聞客員編集委員様のブログは、無理に理解しようとしたり、 コメントをつけよう等と思わないで、 「またアホな事言ってる」と思って読めば、結構楽しめる。(事もある。 そう言えば、花岡氏のブログは、コメントも back track も「受け付け中」の筈なのに、どちらもダメみたいだ。) 罵詈雑言の方は「自慰史観」。 「自虐史観だ」と決めつけられた時に「そっちは自慰史観じゃねえか」 と言い返すためのレッテルらしいが、 実はどういうのをそう呼ぶべきなのかよく解らない。 例えば、田母神「論文」の史観はこう呼ぶのか? 「自分だけが真理を知っている(と思い込んでいる)が、 それを人に説明する気はない。(人を罵倒はするが、議論はできない)」 「仲間内で馴れ合うばかりで、切磋琢磨する事は稀。 従って時々感情的仲間割れが起きる」「時々虚しくなる……(ほんとか?)」 おお、当っているじゃん、と言いたいところだが、 やっぱりアナロジーとしては低級。そもそも歴史の議論に「自虐」だ、「自慰」 だというレッテルを投げ合うのが似わないのだと思う。 あ、どっちも「一人で悦に入っている分にはご勝手に、だが表でやらないでね」 とは言えるなぁ(← 苦しい)。 色々冗談も考えたが、どうしても下品になるので、書くのはやめておく事にする。


12/6/08 (Sat): 加藤周一さんと田母神「論文」

加藤周一さんが逝ってしまった……

私は誰かを崇拝するという事があまりないので、元々「個人的英雄(Personal Hero)」はあまりたくさんは居ない。そこへもってきて、このところ、 Stephen J. Gould, Arthur C. Clarke, (ちょっと格が落ちるが)Michael Crichton, …… が相次いで亡くなってしまって、 元々多くないストックが余計寂しくなっていた。 そんなところへ、加藤さんの訃報。これは悲しい、痛い。 「偉い人は亡くなるばかりで、生まれてこないから、 そのうち一人もいなくなっちゃうね」という子供向けの「笑いばなし」が、 何だか「笑いごとではないぞ」という気がしてくる。(特にこの頃の日本では。)

私が初めて読んだ加藤さんの著作は、 確か「朝日ジャーナル」に連載されていた「日本文学史序説」 だと思うが、これには甚く心動かされてしまった。その後、単行本(筑摩書房) を手に入れて、何度か読み返したが、そのつど感心させられる。 難しい(例えば、引用する漢文に返り点だけしか付けない)上に内容豊富(短歌から檄文まで)なので、 感心するというより、読み返す度に少しづつ理解が進んでいるだけ、なのかも知 れない。 しかし、私が本当に加藤さんに私淑するようになったのは、 多分加藤さんが平凡社の百科事典の編集を引き受けられる時に仰った、 「(編集の)基本的立場は平和と民主主義」のセリフのせいだと思う。 (今確認したら、このあたりはその事典の序文に入っていて、 「立場」の中に「人権の擁護」も加わっている――日本国憲法そのままですね。) 実は、これについても「成程な」と思うのに時間がかかって、最初は 「事典の編集には場違いかも」とか「そんなもんはもう『あたり前』で、 これからの課題・価値は他に有るんじゃないの」などと思ったりした。 しかし、その後、自分なりに経験を積む過程で「もう、それ(平和と民主主義)しかないし、 そうする(百科事典の編集方針としてでもいいから、機会を捉えて宣言する)しかないじゃないか」 と思えてきて、すっかり感服したのだった。

で、さらに 20 年経ってみると、「平和と民主主義」はあたり前になるどころか、 これはなんべん「おらびあげ」ても足りないのでは、と思えるようになってきた。 加藤さんの炯眼恐るべし、である。 (「おらびあげる」と言えば、小田実さんも最近亡くなったのでした。合掌。) 加藤さんも、小田さんも、今の今こそ居て欲しい人だったのに、誠に残念。

さて、「平和と民主主義」を今更「おらびあげ」なければ、 と思わせる最近の状況の中で、一際目立っているのが例の田母神「論文」 とその後一連の顛末である。 実は「やっぱりな(その四)」で、 防衛大臣様の対応をコキおろしたときは、全部は読んでなかった。 最初の方を読んだだけで、「何これ、アホらし」と投げ出してしまったのだった。

ところが、成田へ向う途中の京王線の電車の中で、真ん前に座っていた人が、「WiLL」 とかいう雑誌を広げていて、その表紙に 「田母神論文、どこが悪い!」「田母神論文の歴史的意義」等とある。 ちょっとびっくりした。へー、あんなものに真面目にとりあう人達も居るんだ。 俄然興味が湧いてきたが、着いた駅の売店には無かった。 で、空港に着く頃には忘れてしまったし、 San Diego の日本語書店には置いてなかった。 なので、今はその表紙を Web で見る事ができるだけだが、 それを眺めるだけでも相当面白い。

    花田 紀凱 責任編集 
         %% この方、ナチスのホロコーストを無かった事にしようとして
         %% ご自身が編集長だった「マルコポーロ」誌を廃刊に追いこん
         %% だ経歴の持ち主らしい。今度も日本の侵略を無かった事にす
         %% するべく乗り出してきたのか。さすが、である。
    田母神論文の歴史的意義           中西 輝政
         %% 中西教授って、対米追随主義かつ核武装論者でしたよね。どう
         %% 見てもこの二つは矛盾しているけど、そんな事を主張する方な
         %% ら、田母神「論文」を歴史的、としてもまあ解るような気がす
         %% る。(何だって言うだろう、みたいな。)
    東京裁判史観の呪縛               渡辺 昇一
         %% そう言えば、こういう方もいらっしゃいましたねぇ。渡辺さん
         %% は、この懸賞論文の審査委員長だったとか。この「できレース」
         %% に加担していたのか、それとも完全に虚仮にされたのか、どっち
         %% にしても「知的に」情け無い限り。
    「村山談話」こそ更迭せよ          西村 慎吾
         %% あはは、「談話」を「更迭」するってか?この方は存じ上げな
         %% いが、こんなタイトルを付けるようじゃあどうせまともな事は
         %% 言ってないだろう。
    虚構の国防で国が滅びる            荒木 和博
    何に怯えて「正論」を封じたか       西尾 幹二
         %% 西尾さんは、「作る会」の身内にも批判されて、もう「終った人」
         %% だと思っていましたが、どっこいお元気ですなぁ。でも、本当に
         %% 「正論」だとお考えですか?「国民の歴史」もかなり酷かったけど
         %% こちは輪をかけて「正論」から遠いと思いますが。
    --- 以下は田母神論文がらみではない ---
    バラク・フセイン・オバマの光と影   古森 義久
         %% この方、確かどこかの Blog で、マケインさんが勝つ(勝って
         %% 欲しい)って言ってましたね。で、今さら小浜さんへの個人攻撃
         %% ですか?なんだか未練がましいなぁ。
    金融危機はもう終りました           長谷川 慶太郎
         %% 長谷川さんも久し振りのような気がしますが、冗談もいい加減に
         %% しておかないと、本当に苦しんでいる人達に刺されるのでは?
    2009年日本 10 大予測              日下 公人 
いかにも、という雑誌の、いかにも、という執筆陣で、 田母神前空将にしてみたら「ありがた迷惑」なんじゃないか、 と最初は思ったが、手記を寄せたり、創刊 4 周年記念講演会にも出るところを見ると、 まんざらでもないらしい。(意外に「軽い」人なのかも。 いや、実はこの方達の薫陶を受けてきた、というのが真相か?)

そもそも選考過程からして「茶番」だったようだ。懸賞論文を主催したアパ代表が、 審査委員でもないのにゴリ押しして、最優秀賞に推したんだとか。 (まあ、そうでもなければ、あんなものが入賞する訳もないが。) もっと笑えるのは、渡辺昇一上智大学名誉教授様が審査委員長だった事。 こんな審査委員を馬鹿にした代表のやり方に、委員長として何ら異を唱えず、 (「審査過程はスムースだったので、よく覚えてない」だと!) ご自分が推した論文でもないのに (件の「論文」に最高点をつけたのはアパ代表のみ)、提灯記事を書く? まあ、どんな記事か読んでないので、提灯だと断言はできないが、 しかし、このお方が「思想的・知的誠実さ」なんてものとはとんと無縁らしい、 くらいの事は私にも解る。 田中角栄元首相の「金権」裁判の時、 立花隆さんに「幕間のピエロ達」等と揶揄されていたが、 今回の経緯を見ていると、それだって褒め過ぎみたいなもんだ。

それより、アパの代表様、単なる思いつきのような企画(もしくは贈賄の隠れ蓑)をここまで評判にするとは、 もしこれが意図したものだったら大したものです。 (隠れ蓑のつもりだったら大失敗ですが。) まず、田母神元空将と渡辺教授を選んだ人選が良かったですねぇ。 この上、選考過程をバラすような委員を排除できていたら、完璧だったが、 しかし、それも話題作りを意図されたのかも知れないし。 ただ、公務員が懸賞論文で懸賞金を得るためには「公正な審査」 という条件が有るらしいので(贈賄の抜け道にしないため?まあ当然か)、 代表様が公表された審査委員ではなく、 しかも田母神元空将の論文だと知った上で、このゴリ押しをやったのなら、 これはかなりまずいだろう。賞金の 300 万円を返して(辞退して?)済む話ではなくて、 立派な詐欺もしくは贈収賄ではなかろうか。 アパ代表や元空将、ひょっとしたら渡辺教授の刑事訴追まで行っても不思議ではない。 いや、むしろ、それをやらなかったら、検察は怠慢の謗りを免れまい。 罰金が取れなくても、有罪にできなくても良いから、 選考過程のデタラメさを明確にして欲しいものだ。 元空将様が仰有る「言論の自由」とやらの内実を明らかにしてケジメをつけないと、 本当の「言論の自由」の先行きが心配だし、 何より力作を応募した他の投稿者の方々が浮かばれないだろう。

さて、この WiLL 誌を買い損ねたので、大元の田母神論文を読み直してみた。 しかし、最後まで読んでもやっぱり「なにこれ」ですなぁ。 いや、むしろこれまでの識者の方々の批判は、ちょっと丁重すぎるんじゃないの? と思った。(要するに、それらの批判を読んで推測したよりもっと酷い、 という事。) なにしろ、根拠を全く示さないし (真面目な著作からの引用もほんの少しあるが、 その原著者に「間違い」「迷惑だ」等と怒られる始末だし)、 論理も繋らないし、文章も格調高いとは言えない。 どなただったか大学の先生が「学生のレポートなら落第点」と仰っていたけど、 言い得て妙である。

例えば、その冒頭に曰く

我が国は戦前中国大陸や朝鮮半島を侵略したと言われるが、 実は日本軍のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは意外に知られていない。

「意外に知られていない」というからには、 ここで典拠もしくはせめて条約名くらい上げないと学生レポートだったら「X」では? 何より、問題は「侵略したかどうか」であって、駐留そのものではないと思うが。 (そこは何となく酌んでくれ、という事か。やっぱり学生レポートなら落第。)

日本は 19 世紀の後半以降、朝鮮半島や中国大陸に軍を進めることになるが、 相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない。

あはは、んなアホな。日清戦争や満州事変、日中戦争のさなかでも、 一々清国や中国政府の了承をとりながら、軍を進めて戦争してたってか? 「馬鹿こくでねぇ」と言いたいところだが、 でも、もうちょっと我慢して、もう一箇所だけ……

これに対し、圧力をかけて条約を無理矢理締結させたのだから条約そのものが無効だという人もいるが、 昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない。

「存在したことがない」は大いに疑問で、典拠が欲しいところ。 それもそうだが、 無効かどうかなんて事より、武力で条約を押しつける事自体が、 既に侵略行為の一部でしょうよ。

ここまでで、やっと第一段落。こんな調子が延々と続く。 これを読んで感動のあまり目頭が熱くなる人も居るらしいが、 歴史を学んでいる人達、そうでなくても、 ちょっとでも真面目に物事を考えようとする人達には、 一蹴されるシロモノであるに違いない。 で、脈絡もなく「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である」と仰る。 私のような市井のオッサンが言うなら「馬鹿こけ」で済むが、 現役の幕僚長様が言ったのでは、やっぱりまずかろうと思う(もう言いつくされている事ではあるが。) でも本当に「まずい」のは、 元空将の「思想」ないし「考え方」が、あまりに没論理で稚拙であり、 単なる「思いこみ」にしか見えない事ではなかろうか。 戦争や戦闘は相手が有る事だから(単なる「思い込み」や、「希望的観測」は敵には通用しないから)、 軍人―特に将たる人―はある程度は論理的・科学的でかつ極めて実際的であって欲しい、と思うのである。

で、やっぱり元の疑問に戻ってきてしまうが、 このような「没論理と思い込みの人」がトップに上りつめる自衛隊もしくは防衛省って大丈夫なんだろうか。 シビリアンコントロールは完徹されているか、なんて「高尚」な疑問の前に、 いざという時、本当に国民を守れるのか、と不安になる。 例えば、領空侵犯してくる敵の爆撃機を補足・迎撃できるのか (旧ソ連の戦闘機にあっさり着陸を許した事があったけど今は大丈夫か)? それがミサイルだったらどうか (導入したイージスのフィールド・テストはしっかりやったのか)? 云々云々。 要は、(思想云々より)ちゃんと仕事(任務)をできているのか、という事。 こんな妄言論文の当否を論じるより、そっちを心配すべきじゃないかと思うぞ。 でも、これを一番心配すべき最高司令官様(総理大臣様)があの体たらくでは、 期待する方が無理か。なにしろ漫画しか読まない御仁で、 しかもその漫画ではこの辺り結構スゴイ事になってるからなぁ。 (「沈黙の艦隊」は劇画としては傑作だと思うが、 自衛官や国会議員の「専門家」の方々が心酔するようなものではなかろう。) やっぱり、もうちょっとましな総理大臣にする方が先やろか。


11/15/08 (Sat): やっぱりな(その四)

「やっぱりな」とくると「床屋政談」ですので、あらかじめご承知置き下さい。

少し前にも、外つ国の大統領選びが何だか羨ましく思へる、 などと嘆いていた「髪結亭主見習ひ(私の事)」だが、 今では、羨ましいを通り越して嫉妬さへ覚えるやうになってしまった。 小浜さんが当選したのは「やっぱりな」であるが、 意外に、「負犬」さん(McCain さん御免なさい、ついつい)の敗北宣言が格好良かったなぁ。 「ご飯」女史も何を思ったか対立党の小浜氏にエールを送ったりして、 こちらも何だか泣かせるのである。 終盤の負け犬さんの見苦しい「嘘も混った」個人攻撃や、 藪大統領の走狗となってゐる観のあるご飯女史のこれまでの「なんだかなぁ」 を色々多々差っ引いても、やっぱり格好良い、泣かせる。 云々云々。

それに引き比べ、とつい思ってしまふが、 我らが選良様達の何とも情け無い為体。 「定額給付金」が既にバラマキの極みで、 「大掛り・おおっぴらな買収」と言って良いやうなものなのに、 その上に所得制限を巡っての右往左往。あげくは、その判断を自治体に押し付けるってか。 自公連立政権の皆様、これって「未曾有の危機」への対応策の目玉のおつもりですよね。 本当にそれで良いんですか?やってゐて恥づかしくないですか? 何より、選挙対策になると思ひますか?(思ってるなら、 あんたら選挙民を嘗めてるよ。)

さう言へば、この「未曾有」を麻生総理様は読めなかったんだとか。 これを「みぞゆう」と読みますか?踏襲を「ふしゅう」、頻繁を「はんざつ」……。 私も「みそう」と読んでいたから、親近感は感じるものの:-p、 日本国総理大臣としては「いかがなものか」とも思ふ。 が、なーに、彼の国の藪大統領だって、満足に英語が書けない(Bushism になってしまふらしい)から、別に気に病む事はない。 と、今までは言へたけど、しかし、 来年藪さんの後を継ぐ小浜さんは、元憲法学の講師という事もあり、 立派な英語を話しまた書くらしい。 なので、これに負けないように、 麻生総理様もこれから格調高い日本語(とは言はないまでも、 せめて高校レベルの漢字)を勉強して欲しいものである。 それにしても、自分でかな漢字変換を使って文章を書いてゐれば、 かういふのは自然に修正される筈(「みぞゆう」と入力したのでは、 「未曾有」と変換してくれない)だが、 普段ご自分で文章を書く事はないのだらうか。「IT に強い宰相」ってのも単なる都市伝説なのか? (ひょっとして、強いのは PC ゲームだけで、例えば演説草稿を PC で書いた事など無い?)

しかし、それに輪をかけて「情無い」のは、田母神元空幕長の「論文」を巡る経緯。 空幕長を解任されても空自は「定年退職」で、退職金ももらへるんだとか。 浜田防衛相様の曰く 「田母神氏は客観的に見て大変うぬぼれの強い方。(がはは、これも凄いね。 そんなのを幕僚長にしてしまった訳だ) こういう方が長くゐるのは問題であるとの怒りを持って退職を求めた。」 だからぁ、どうして懲戒免職にしなかったのか、と聞かれてるんだってば。 シビリアンコントロールの何たるかを些かも弁へず、 国家としての建前に背くその趣旨もさる事ながら、 誤字だらけ引用の間違ひだらけの「論文」を外部に発表して恬として恥ぢない「猛将」幕僚長様。 (ところで、この方戦後生れで、且つ今だ嘗て戦闘に係った事のない自衛隊にあって、 「猛将」って呼ばれるのは、何をやったんだらう。 やっぱり「史観が勇ましい」からでせうか?) その上司の(上記)「ゆるーい」防衛相様、 またその上司(最高司令官)の「ぼっちゃん(超世襲)」総理様……。 お願いしますよ。 こんなんで、本当にシビリアンコントロールできてますか? こんなんで、本当にいざといふ時国を守れるのでせうか。 せっせと税金をつぎ込んで「国益を損う似非知識人」や「クーデター予備軍」を養ってゐるだけ?(さう言へば、陸海および統合幕僚長様は大丈夫か?) ――等といふのは勿論ためにする極論で、大半の自衛隊員は高潔な軍人であり、 こんなバカ殿様は稀な存在なんだと信じてゐますが。

それでも、ピシッとやって欲しかったなぁ、我らが麻生総理様には。 日頃自慢の「歯切れの良さ」は単なる「軽さ」の事だったのでせうか? 今からでも遅くないから、田母神氏は懲戒免職にしなはれ。 そしたら、「軽い」だの「坊ちゃん」だのと言ふ謗りも吹き飛ばせるし (「てめえ、四の五の言ってるとクビだぜぇ」)、 ひょっとしたら政権の支持率だって持ち直すかも知れない。

それにしても、我等が麻生政権、この調子で行くと、 またまた一年弱で自壊するのではないか、と思へて来た。 BBC に何と書かれるか、ちょっと怖い……。いや、こうなったら、むしろ「3 人連続で任期一年弱」を実現して、 「カラオケ政治」の代りにどんなレッテルを貼られるか、見てみたい気もする。 でも、登壇する人が順を追ってどんどん下手になるあたりも、 なんだか本物のカラオケに似て来た。 なので、「(やっぱり)カラオケそのものやないけ」と言はれるんだらうな、きっと。

等といふ馬鹿話でウサを晴らそうとしても、暗澹とした気持が一向に晴れないのは、 私が悲観的過ぎるのでせうか。 私も、嘗ては「首相なんて誰がやったって同じさ」と楽観的(虚無的)だったのですが。


10/18/08 (Sat): ThinkPad X200

先日も書いたやうに、「MacBook は重すぎる」し、「ThinkPad X200 は Linux が動くか心配」なので、もう少し様子をみよう、と一度は殊勝な決心をしたのだけど、 私の場合、かういふ決心は「しない方がまし」の事が多い。 だって、そんな「決心」をすると、ずっとその事を考へるやうになる…… で、ある晩、酔った勢ひで「たまにはリスクを取らねば」などと呟きながら、 Web から ThinkPad X200 を注文したのであった。

その途端に、新 MacBook が発表になり、あらま、 と思ったが(実際、格好良いなあ、こいつら)、まだまだ重いし、 愛用のカバンに入らないし、と云ふ事で、 「あの林檎(葡萄でしたっけ)は酸っぱい」と思ふ事にした。(カバンなんて、1/10 の値段なんだが。)

Lenovo さん、それに刺激されたか(「キャンセルされては堪らん」みたいな:-)、 その後すぐに「発送した」とのお知らせをくれた。 UPS のトラッキングシステムで見てゐると、 あれよあれよといふ間に上海から届いた。 二度の通関と太平洋上の便、米国での配送を合せてたったの二日。 何だか、"The World is Flat" を地で行ってゐる。とても感心した。 (Friedman さんが自分の Dell を買った時の話を延々と読まされた時は、「けっ」などと思ったが、 自分のだと、これはやはり「なかなか」のものである:-p) 結局、一から二週間の予定納期のところ、八日で着いた。

その翌日(今日)さっそく触ってみる。バッテリーを差して、AC アダプタを繋ぎ、パワーボタンを押すと、事もなげに Windows XP が立ち上がった。あれ、「ダウングレード権」を買ったんだから、 最初は Vista がインストールされてゐるんじゃあなかったの? (実際、ダウングレードするのに、2 時間かかったといふ話をどこかで見た事があるし。) まあ、再インストールの手間を省いてくれたのだから、有り難いやうなものだが、 しかしかうなると、触りもしない Vista が無理矢理付いて来る訳で、 「これは抱き合わせ販売にあたるんじゃなからうか」 などといふ思ひがしきり。 勿論、ダウングレード権は無償だから、 「抱き合せ」には当らないのだらうけど、「どうしても Vista 付きで売った事にしたい」といふ何だかなりふり構わない「必死さ」が伺へて、 むしろ憐れみを覚える(「そんなに売れないんだぁ、Vista は」みたいな)。 しかし、期待した XP の DVD が付いて来なかったのは、ちょっとがっかり。 (代りに Vista の DVD が付いてきたが、こんなもん、何に使ふんだ?)

とりあへずフォントを大きくして、ざっと H/W を確認する。(Z60 と T60 で凝りてゐるので、かなり慎重。)しかし、幸い、WLAN 以外は指紋認証を含めて、皆問題無く動く。このあたりで、 Think Vitage のツールを使って、BIOS から何から全部アップデートしたが、 結構たくさん有った(70 MB くらい。なんで、出荷時に最新のを入れておかないの Lenovo さん?)。WLAN がどうも不安定だが、これは我が家のルータ(Buffalo の Airstation AG-54)のせゐだった。こいつは、ずっと前に 11b が使へなくなってゐたのだけど、到頭 11g まで駄目になったか。買ひ置きの IO data の WN-G54/R2 と置き換へたらあっさり直った。このルータ、CATV には繋がらないけど、「アクセスポイントモード」といふのが有って、 他のルータと簡単に共存できるやうになってゐる。素晴しい。

そのルータを探してゐる際に、古い USB CD-ROM ドライブが見付かった。 Ubuntu のインストールは、USB メモリからやってみるつもりで、 メモリスティックを買っておいたけど、やっぱり、CD からの方が確実だらう、と思ひ直して、急遽 Ubuntu-8.10β を CD に焼く(MacPro ではこれを "Disk Utility.app" でやる)。 件のドライブを繋いてブートすると、 しばらくして(何せ遅いんです、このドライブ)インストーラが立ち上がった。 定評のある Ubuntsu のインストーラだが、memtest86 まで付いてゐるのには感心する。 早速、1 パスだけ実効する。エラーは零。(しつこいやうだが、Z60 も T60 も納入直後はメモリがちゃんと動いてなかった。) おお、ルータを買っておいた事と云ひ、CD-ROM ドライブを見付けた事と云ひ、なんか今日はツイてるなあ。

インストールを始めても、感心する事しきり。 インストーラから Windowse 部分のパーティションを縮めて、Linux 用のパーティションを作り、dual boot にするところまでできてしまふ。 おまけに、OS Recovery のパーティションもきちんと残すやうだ。 (こっちのパーティションが、うまく動くかどうかは未確認。)

(うーむ、やっぱりツイてる。なんか、俺、良い事したっけ最近。) なあんて、独りで夜郎自大してゐると天罰覿面。リブート後立ち上った、Ubuntu 8.10β は、

てな具合で、Laptop Linux としては「ちっとも使へない」レベルであった。 特に、最初の Gb Ether が動かないのには参った。 なんとかハックしようにも、ネットワークに繋らないのではどうしやうもない。 なので、今日はここまでとする。 (それにしても、「"out of box" で、ちゃんと動く筈」って、どこの世界の話やねん?)

10/8/08 (Wed): ノーベル賞受賞者が 4 人も

まったくこれはご同慶の至りであります。 南部さんが「日本人」かという疑問は残ります(NPR は「日本生まれの米国人("Japanese born American")」と言ってゐたやうな……)が、 まあ、厳格な国籍・帰属調べ等はノーベル賞委員会にでも任せておいて、 我々は素直に「日本人」と数へませう。 だって、米国には既に何百人も受賞者が居て、 スタンフォード大学みたいに「石を投げたらノーベル賞受賞者に当る」 といふくらい密集してゐるところも有るらしいので、 一人位融通してもらっても罰は当たらないでせうから。

といふやうに数へると、物理学賞は日本人で独占してしまった事になります。 今後、理論物理学は日本人に任せていただきませう(きっぱり。)

実際、ノーベル賞受賞者の「量産体制成る」 などと語る気の早い向きもあるやうですが、 でもねぇ、今回の受賞ラッシュは三十年前の業績に関するもので、 受賞者の方々も引退されてゐるか、 研究の最前線からは退かれてゐるやうです。 なので勿論(むしろ、いふまでもなく)、量産体制に入れるかどうか (「日本人にまかせろ」と言へるかどうか)は、 現役の(少壮)科学者の方々にかかってゐるのでありますが、 彼らが元気を出して頑張れるやうな環境を準備できてゐるかどうか、 門外漢やおじさん達は、そっちをまず反省・心配した方が良いのではないか、と思ひます。 何となれば、例へば下村さんのおっしゃるには、 (少くとも三十年前は) 米国に居る方が研究に打ち込めたとの事。 一度日本の大学に戻って研究を続けようとした方の言葉だから、 余計重みが有ります。 はてさて、それから三十年後の今、どれくらい彼我の格差が改善されてゐるでせうか。 (関係無い事ながら、三十年前には私は某大学の学生でしたが、 若手研究者の方達をあまり羨しいとは思へなかった。)

第一に予算の問題が来るでせうが、それが解決しても、 それだけでは、なかなか理想的な環境や体制とはならないやうな……。 すぐ役に立つ訳ではない(なのでお金にもならない)、 評価するのが大変でかつ時間がかかる (なにせ、三十年後にノーベル賞を貰へる事もある) といふ「個人事業」を守り育てるのだから、 誠に基礎科学研究のマネジメントは難しからうと想像されます。 見識、信念・理念、献身を要求される訳で、ひょっとしたら、 研究そのものより大変かも知れない…… てな(身の丈に合はぬ余計な)心配をしてゐる時に、 例の「失言三連発」大臣様が前の文科大臣だった事を思ひ出すと、 なんだかとても暗澹とした気分になるのは私だけでせうか。

まあ、そのお方について、見識や理念を云々するのは虚しいのでやめておきます。 それに官僚の方々は 「大臣なんて来ては去るもの。本当の政策は我々が作っているんだ」 と自負されているだらうし。 でもね、そっちもあんまり威張れたものではないと思ふよ、 純粋・基礎科学振興といふ面では。 少なくとも、ノーベル賞の後追いで文化勲章を出す習慣は格好悪いのでやめませう。 むしろ、そんな見る目のない賞は、 一噌の事、授勲そのものをやめてしまふのが吉かも知れない。


10/4/08 (Sat): やっぱりな(その三)

今回の「やっぱりな」は、「ほうら言っただろ」といふ自慢ではなくて、 「大方の予想通り」といふ事になりますか。 (「その一」、「その二」だって、予想が当つたと自慢をしてゐる訳ではないですが:-p)

かうして「予想通り」総裁・総理となつた我等が麻生さんですが、 出出しから御難続きで気の毒。 でもねぇ、失言大臣の方は、所詮麻生さんの見る目が無かつたといふ事でせう。 (それにしても、この方、つい口にしてしまつた「持論」が、どれもこれも何ともお粗末。 週刊新潮あたりには褒めてもらってゐるやうだが、身内からも総スカンなんだからどうしやうもない。 いや、ひょっとして、麻生さん、 将来やっちまうに違ひない御自身の失言が「これに比べたらまだまし」 と言ふための伏線を張ったのか?) だから、二世議員なんかに期待してはいけないんですって、麻生さん。 あ、御自分は「別」と思ってゐて下さいよ。 さうでもしなけりや「やってられない」でせうから。

あ、さういへば、最近なんだか面当てのやうに引退を言ひ出した元総理様も、 二世議員でした。 私は元々その元総理様を然程買ってはゐなかったですが、 「意思を貫徹する」所だけは、ちょっと尊敬してゐました。 例へば、色々(感情的)批判もある「刺客」ですが、 二大政党制と小選挙区制が目指す理想(政党が党としての政策を示し、 それへの支持を小選挙区で競う) を目指すならば当然行き着く筈の所です。 (でも、党の方針に従わない人を「公認せず、それに刺客を送る」 ではなくて「除名」にした方がすっきりするのでは、とは思ひますが。) それなのに、引退するにあたって、ご子息を「後継者」に指名した由。 うーむ、これまでの「ちょっと尊敬」は取り消し。 「無責任」との評価が定まった観のある二世議員を、 これ以上作ってどうする。 あ、ひょっとして「自民党をぶっつぶす」ための遠謀深慮か? さうだとしても(そんな筈ないけど)、選挙で選ばれる筈の議員職を「譲れる」 と思ひ、実際に「譲れてしまふ」といふところが気に入らない。 「後継者の指名」はとりもなおさず「『地盤』を譲る」といふ事で、 それは支持基盤の私有化といふ事で、 要するに民主主義国家の政治家や市民としては、 あんまり大きな声で宣言したり、容認したりするべき事ではなからう。 ましてや、それを世襲するとなると、何をか言はんや……。 小選挙区制は、些細な初期条件の差を拡大・固定してしまふ傾向が有るので、 この世襲民主主義はますます安泰。 それにしても、かういふ「禅譲」を許す事で、延いては「あ議員」や「と議員」を量産してしまふ「地盤」の方々、 少しは「国全体」の行く末にも心を配って頂けませんかねぇ。 (そもそも国民主権の筈なのに、カバンや看板と同列に議員の「地盤」だなんて言はれて悔しくはありませんか?)

まあしかし、政権の評判にとって一番大事なのは、勿論総理御本人のありやうです。 だけど、こっちもなんだか頂けませんなあ。 元々は、ご本人も「選挙管理内閣」と自認してゐたやうなのに、 政権発足時の支持率が安倍・福田政権にも及ばないと解ったら、 途端に解散・総選挙は先に伸ばす、と言ひ始めたらしい。 まさか政権維持に未練が出てきた訳ではないでせうが、 魂胆といふか料簡が「見え見え」なのが何とも軽い。 で、先に伸ばした選挙に負けて、また一年で辞める事になったら、失礼な BBC あたりは「ほうら、やつぱりカラオケ政治だ」なんてしたり顔に言ふだらうな。 (ちなみに、BBC は「カラオケ」的であるとする理由に、 安倍・福田両首相が「米国大統領を表敬訪問する(ステージに上る)に十分なだけ在任して満足している(マイクを次に譲っている)」 事を挙げてゐる。 いかにも悔しいので、 ここは是非とも、負けたら(米国へ行かずに)すぐ辞任、 勝ったら(米国へ行っても良いから)長期政権、のどちらかにして頂きたい。)

そもそも、選挙を先に伸ばしても支持率は伸びないと思ひますよ。 安倍さんも福田さんも単調減少だったし。 もう、「全治三年」とか言って「バラ撒き」や「公共事業」 で景気を何とかすれば良い、といふ御時世ではないでせう。 大体、小沢さんの弱みを衝くには「バラ撒きを約束して参院選に勝ったが、 その財源はどうするんだ」と訊くのが一番の筈なのに、 ご自分の方でも「バラ撒きをやらう」ってんじやあ「差別化」は覚束無い。

じゃあ他に何が有るんだって? 何も思ひ付かないけど、取り敢へずは、その「軽さ」を何とかしなさい。


9/6/08 (Sat): やっぱりな(その二)

もともとこちらでは日本(の国内政治)に関してはあまり報道されないが、 それでも、「福田首相辞任」 に触れるラジオニュースが無かったのはちとショックであった。 安倍さんの辞任の時とか、福田さんもその就任の時は話題に登ってゐたのだが。 あまりの下らなさに到頭愛想を尽かされたか。 はたまた、辞任の理由やがどうしても理解できず、 解説のしやうがないとて黙殺されたか。 (まあ「阿吽の呼吸」の分らん米国人に、これを理解せよといふのが無理か? ……私にも理解できないけど。)

といふことで、俄床屋政談家の私にとっては、 会社でとってくれてゐる「日経新聞」が、ほぼ唯一の情報源なので、 あまり詳しい事は解ってゐない事もあり(然程興味も無いといふ事もあり) 「のこのこ出てくる」と予想したうちで「やっぱりな」となったのは、 お一人だけであった。 そもそも、前政権の幹事長が、のこのこ出て来ていいのか?といふ疑問はともかく、 しかし、この顔触れ、冗談も大概にせえよ、といふか、 そのお方のはうが「まだまし」と思へてきますな。 きっと、麻生さんを引き立てて、かつ、 マスコミの話題を取る事で民主党の代表選を霞ませよう、 といふ魂胆に違ひない。 (もしこれが仕組まれたものなら、画策した人は偉い。 といふか、あんた、なんか選挙民を嘗めてないかい?)

さういふ私も、「総裁選―石原氏の名前あがる」といふ同紙の見出しを見て、 てっきり東京都知事様が鞍替へするのかと思った。 「へー、彼はまだ自民党員だったのか」とか、 「お声がかかる程党内で人気が有ったんだ、意外」なんて頓珍漢な事を考へたりして。 勿論私の早とちりであるが、でも、 この際ご子息よりこの親父さんに出てきて欲しい気もする。 だって、新銀行の大赤字であれだけ追及されても「蛙の面にションベン」だった御仁、 一年足らずで投げ出す事だけは無いだらう。 むしろ、何が有っても辞めないって頑張るのではなからうか。 あ、自民党の先生方には、そっちの方が嫌に違ひない。 うーむ、この目は無かったか(← 当り前じゃ! そもそも、石原さんは国会議員ではない!!)。

等といふ無責任な冗談はともかく、 理由もはっきりしないまま辞めてしまって、 マスコミや野党に「無責任」と詰られる福田さんと、 責任を取らずに、またそれを然程批判もされずに、 居座り続ける石原知事とを並べて見ると、 マスコミや政治家の言ふ「政治的責任」とは何なのかよう分らん、 と思ふ今日この頃なのであった。 (等と、自分の「早とちり」に何とかオチを付けようとしたのであった。)


9/1/08 (Mon): やっぱりな

福田首相が辞任する由。 「ほうら、やっぱりな!」になってしまった。 (本当は、政権を投げ出すとまでは予想してなかったが。) もともと政治家の考へなさる事は私などの理解が及ばぬ事が多いが、 とりわけ、安倍さんの時と云ひ今回と云ひ、 なんで辞めないといけないのかさっぱり解らない。 あー、いや、どちらも辞めていただいても然程の不都合は無かったやうなので、 辞めるべきではなかった、なんて惜しんでゐるのではないのですよ。(隠れ 「福田ファン」としては、ちょっと惜しい気もしますが。) 解らないのは、なんで今、と云ふ事。 世襲議員にとって、農水相の不祥事はそんなに「致命的」なんですかね。 (←勿論冗談) それにしても、執念(良く言へば「責任感」)と云ふものが些かも感じられない。 (「ったくもう、最近の若い奴ときた日にゃあ辛抱が足らん……」なんて言へないよなぁ、 これじゃ。)

やっぱり「二世や世襲の政治家を元首に据ゑるのは国際条約で禁止すべき」 ではなからうか。 取り敢へずは、日本国内向けに憲法で禁止すべきか。 改憲派の方々、改正実現の見込みが出てきた暁には、この件も是非お忘れなく。 (勿論、その際は「元首」を「総理大臣」と読み換へて下さい。)

しかし、あんまり「首相になりたい、総裁でゐたい」願望が強すぎたら、 不倶戴天の政敵に土下座したり、刑事訴追されるまで居座ったり、 なんて事になるらしいので、そんなのと比べたら我等が福田さんや安倍さんは、 まだ潔い(可愛い)とも云へる。 Arthur C. Clarke の小説に「(足をばたばたさせて嫌がる)政治の素人」を無理矢理 「世界政府」の元首に据ゑる事にしたら、 それ以降代々うまく行ってゐる、といふ話が出てくる。 これ、Clarke さんの持論(願望)らしく、 いくつかの作品で出て来るのだが、その都度「なんだか良いな」と思った。 が、熱意や執念が然程無い人達の為体(ていたらく)を続けて見せられると、 これも所詮メルヘンか、と思ってしまふ。一方、さるアメリカの政治家が、 「名大統領になるには、『大統領をやりたい気持』が弱すぎてもだめだが、 強すぎてもだめ」と言ったらしいが、こっちの方が当っているのかなぁ。 (こんなの当り前すぎて、ちっとも面白くないが。)

それもさうだが、自公連立政権様、かうなったら「とっとと」解散する事ですな。 さうでもしない事には、次を誰がやったところで、どうにもならんでせう。 (この期に及んで「では、次は俺が」と、のこのこ出てくるやうな人では、 この二の舞、三の舞になるのは必定。) いや、もう一回国民を虚仮にして (つまり、解散総選挙をせずにまた一年で辞めるやうな首相を選んで)、 とことん落ちてみるのも面白いかも知れない。「解党的出直し」が出来るかも。

でも、こんな「なんだかなぁ」が延々と続くと、 外つ国の大統領選の方が面白さうに思へてくる。 いかなノンポリの私でも、これは少々情け無い。


8/9/08 (Sat): 東京通信

当初 6月中旬に予定されていた帰国が、7月末に伸びた。 結果論とは言え、わざわざ一番暑い時期を狙って東京に行ったような気がする。 San Diego では、昼間は暑くても、 夕方になると長袖が要る事が多く、こういう気候に慣れていると、 東京での最初の 3日間は時差ボケと相俟ってかなり辛かった。 それでも、「慣れ」とは恐しいもので、そのうち汗ダラダラにはならなくなった。

この暑さのせいばっかりでもないだろうけど、また刺殺事件が起きた。 犯人は「誰でも良かった」と嘯いているとか……。 まったく、親御さんの心中をお察しするに忍びない。 (私にも同じ年頃の娘があるので。) たまたまであるが、事件の起きたちょうどその時刻に、 同僚と私は京王八王子駅(件の駅ビルの地下)を利用したのであった。 (次の日出勤して彼に教えてもらうまで、 そんな事件が有った事さえ知らなかったが。) しかも、買いたい本が有ったので、 本屋さんだけ開いているのを知っていたら、そこまで赴いたかも知れない。 そういう事もあって、なんだか他人事と思えない事件であった。

そのせいもあり関連の事が気になっていたが、 ある日目に止まった電車の吊り広告の曰く、

「甘えてる」人生の達人が若者を叱る
    佐藤 愛子 「戦前の教育を復活せよ」
    曾野 綾子 「『死にたい人』には重労働を」
まあしかし、今どき、こんな素朴な暴論(を示唆する表題)を敢えて唱えるとは、 勇気が有るというか、単に「おばん」になったというか、 どちらにしても「よく言うよ」である。 でも、帰国したら週刊誌か月刊誌を買って読む事にしているので、 ついつい……。読んでみたら、やっぱりつまらんかった。(これが「人生の達人」ねぇ。) 何より被害者やそのお身内の方々にとって凄く不愉快な記事なのではと思う。 でもまあ、この広告を素直に読むと、 この「人生の達人達」が「甘えてる」とも取れるし、 この「アホな暴論」は週刊文春編集部の「やらせ」か「冗談」なんだろう、きっと。

7/12/08 (Sat): 自分の名前くらいは発音できます……

「語学習得の critical period (17 歳まで)を過ぎているんだから仕方無い」 というのが、長年私のお気に入りの弁解であったが、 それにしても、英語の上達があまりに遅い。 (遅くても上達していればまだしも……) まあ才能が無かったという事だろう。

それでも、若い頃は「自分の主な問題は『聞き取り』であって、 発音はそこそこ相手に聞き取ってもらえると思っていた…… (英会話の先生がそう言ってくれた事もあったし。)

でも、かつて国際線(SAS だったと思う)で、"White Wine" と言ったら赤ワインが出てきて、 その後同じスチュワーデスさんに "Red Wine" と言ったら白が出てきた、 というのは、界隈では有名な話。(って、自分で自慢げに広めてどうする。) このあたりで発音に関する妙な自信も揺らぐのが普通なのであろうが、 凝りない私は、 このごろはこれよりマシになっているのではないか、と密かに思っている。 しかし、どうもそれは甘い評価だと思い知らされる事もよくある。 例えば……

相変わらず Starbucks の Cappuccino に嵌っているが、 会社の近所の店は結構繁盛しているので、取り違えを避けるためにか、 注文の時にカップに名前を書いてくれる。 フルネームはハナから諦めていて、「タカ(TAKA)」 と書いてもらう事にしているが、 たったこれだけのシラブルが無限のバリエーションで聞き取られる……

最後のはちょっと感動ものだったので、しばらくデスクの上に飾っておいた。 (写真に撮っておけば良かった。) あ、勿論、ちゃんと聞き取ってくれる事の方が多いんですよ、 言うまでもない事ですが……(←本当か?)
2008-07-19: うーむ、そんなに稀でもなかったかぁ。 一週間もしないうちに新種(TAKA -> DAKU)ができた。これは、まあしかし DAKA とも読めるか。 それより、最初 "Taka" と言った時 "T" と書き始めていながら、 "T - A - K - A" とスペルアウトしはじめたら、それを急いで消して、"daku" と書き直した様子である。余計ショックが大きい。
2008-08-31: 冷静に見ていると、「ちゃんと聞いてもらえてる」 というのは幻想で、名前を書いたら、半分くらいは違っているようだ。 なかでも、"Daka" が順調にスコアを伸ばしている……。 一方で、最近やっと気がついたのだが、電話で "t" と言うと、"p" と聞き取られる事が多い。どうも、発音が悪くて、"t" が "d" や "p" に片よっているから、というより、「そういうもの」なのかも知れない。

発音とは別に、和製英語のせいで、通じない事もある。 この場合(自分の発音に自信が無いから)ついついその単語を連呼する事になるが、 元々の言葉が違っているので、余計相手を途方に暮れさせてしまう。

最近は、このような「押し問答」は減ってきている。 私の英語が進歩したからに決まっているが、一方で、 スーパーのどこに何が有るか大体解ってきて、店員さんと話す機会が減ったから、 という説もある。

6/28/08 (Sat): 実弾射撃初体験

休暇でハワイに行った。カミさんと太平洋の中間地点で落ち合う、 というのは、なかなかのアイディアで有ったが、予定を決めずに行って、 のんびりしよう、という目論見の方は、ちょっとアテが外れた感がある。

カミさんには申し訳ない気がしたが、一日は「釣り」と決めていた。が、結局実現せず。 「乗り合い」を検討しましょう、 と約束してくれていた釣り船のオーナーは、結局「人数が集まらないから」と、 キャンセルしてきた。 というか、こちらから電話して「見込み無し」と判断したのだった。 (候補だった二日のうち一日はチャーターに出る事になっていて、 もう一日も人が集らない……。あげくには 「ウチはチャーターが中心なんで……」あてにした私が馬鹿でした。) それとは別に、あるエージェントに、電話で確認・予約を願いしたが、 その会社ちっとも返事をくれないばかりか、その後全く電話を取らなくなった。 いずれも日本人が日本語で対応してくれるので、そっち(言葉)の心配は少ないけど、 肝心のところで、ちっともアテにならない、という印象。 (しかし、それは釣りに関してだけで、他の(日本語対応)エージェントさんは、 どこも親切・確実で、アテにできます。)

手作り(行きあたりばったり、とも言う)の旅・滞在をするなら、 公共交通期間を利用するのが当たり前。 で、バスを利用してみたが、これが結構便利に使える。 どうやって利用するかの説明が、すごく素っ気無いという嫌いはあるが、 それが解ってしまえば、かなり頻繁に便が有り、また、あちこちにバスストップが有って、 San Diego の MTS よりずっと便利だ。 「乗り継ぎ」の制度を活用すれば、かなり割安の感もある。 (一応の時間制限はあるが、運用は大甘で、大抵の場合二度乗れるみたい。) しかし、これ、長距離の移動には、 お勧めしない。舗装が荒れているとガタガタと振動が多い上に、 シートがやたら固いので、お尻が痛くなる。 (対抗馬の「トロリー」も乗り心地に関しては似たようなものだが。)

で、そのバスを利用して、待望の Arizona Memorial へ行った。 バッグを一切持って入れない、とかで、それを預けるのにちょっと手間どった。 建物にあっさり入れて「なんだ、早かったな」と思ったが、それは勘違い。 入る時にもらったチケットは実は整理券で、Arizona Memorial へ行けるのは、(ガイドブックにあるとおり)二時間あまりも先の事だった。

なんだか、それ(長く待たされる)を見越して作ったかのような「戦争博物館」が近くにあったので、 仕方なくそっちを見学して時間を潰す事にした。潜水艦の実物と博物館、 戦艦ミズーリ、と航空博物館がワンセットになっている。 後半時間が足りなくなって、ミズーリは駆け足で巡り、航空博物館はパスしたが、 最初の潜水艦(Bowfin 号)の見学だけでも、十分元を取れた気がした。 何しろ、何もかもピカピカで、観光客の出入りのために艦体に明けた「穴」を塞げば、 すぐにでも出撃できそうな程。入場のときに渡される PDA のようなもので、 場所ごとの詳細な説明が聞けるのも良かった。日本語版もあり。 まあ、欲を言えば(例によって)日本語訳をもう少し正確にした方が良いような気がする。 例えば、魚雷攻撃(雷撃?)を「爆撃」で通しているので、 最初何を言ってるのか解らなかった。(だって、潜水艦に乗っていて、 「爆撃」と来れば、普通攻撃される方に違いないもの。)

本命の Arizona Memorial の方は、記録フィルムを見てから、 ランチで Memorial へ出かける、という趣向。 記録フィルムは、日米開戦に至る前史を手短になぞるところから始まるが、 この部分がとても良かった。 勿論、一面的、と思える箇所(米国に中国への野心は無かったのか、等) もあるが、全体としては、客観的かつ抑えた表現で、 (旧敵国人の)私にも、好感が持てた。 特に、なぜこのような完全な敗北を喫したのかについて、 開戦前夜の時点では、米国は巨艦巨砲主義から脱しきれていなかったから、 との分析をして見せるところは、米国の強さの理由というか、 強さゆえの余裕というか、いずれにしても、ちょっと感心した。

クライマックスの真珠湾攻撃は、 これが全部実録とは信じられない程の迫力。 正直なところ、内心快哉を叫ぶ気持も有ったが、 その都度(轟沈の度に)戦死者の人数を告げられると、 そのうちそんな気持は消えてしまった。

その後、ランチに乗って、沈んだ Arizona の上に作られた廟(?) へ出むいてお参りするのだが、こちらは、まあ、 米国には有り勝ちな「景色」であった。 でっかい星条旗がはためいているし、これでもか、 という感じの戦死者の名前を刻んだパネルがある。 係のおじさんは「声高の談笑はつつしむように」とか「飲食は控えろ」 とか言ってるが、参拝者達はリラックスしたまま。 でも、言われる前から静かだったし、普段の米国人のありようからすれば、 ずっと大人しくしているように思えた。それにしても、 日米双方の戦死者の方々を悼む気持は勿論私にも有るが、「どうして Arizona の乗組員だけ特別なの?」という素朴な疑問が拭えない。

私には色々コンプレックスが有るが、あんまり人に言えない部類としては、 「一度も馬に乗った事がない」「銃器には触った事もない」というのがある。 西部劇大好き、スナイパー小説大好きで、色々蘊蓄を垂れたがる割には、 基本中の基本に関して実体験が全く無い。 で、これらを一挙に体験しておく事にした。 オアフ島の裏側に、そういうところ ("Kualoa Ranch") が有るのだ。

まず乗馬。実際に乗っていたのは 30 分強だったし、ひと連なりになって、 ゆっくり草原を歩くだけなので、まあ、それだけの事であるが、 長らくのコンプレックスは解消できた。列を詰めるために、馬の腹を蹴ったら、 一瞬ではあるが、ギャロップになったし(これは相当怖い)、 最後の方はお尻が痛くなったし。まあ、最初の体験としては満喫できた、 と言って良いかも。(馬が初心者を「なめている(わざと木の枝の下を通るとか)」 という感じも体験できた。)

射撃も .22 口径のピストルとライフルを 20 発ずつ、というささやかな体験であるが、ついつい力が入る。 説明がやたら長い(懇切丁寧だ)し、耳当て(hearing protector)や保護メガネをつけさせられるしで、 いやがおうにも緊張が高まるが、実際に撃ってみると、 銃はさほど重くないし、思った程反動も音も大きくない。(まあ、.22 だから当然か。) しかし、25 ヤード先の的のどこに当ったかが解らない。 なので、せめて弾着を集中しようとしてみた。 が、私にあてがわれたライフルは調子が悪くて、何度も回転不良を起す。 数発射つたびに、係のお兄さんに「ジャム」を直してもらうのでは、 なかなか集中できるものではない。 (って、そんなにムキになっていたのは私だけかも。) 幸い?隣のブースで射っていたカミさんが、飽きてしまったのか、最後の 10 発を銃ごとゆずってくれた。こちらのライフルは、回転不良はなかったが、 照門の右半分が欠けていた。 それでも、秘術を尽して(本で読んだだけのテクニックを使って)射ってみた。 後で、ターゲットを集めに行ってみたところ、この最後の 10 発は、 10 点の円内に集っていた。 係のお兄さんやお姉さんが、「凄い!」とか「この人は怒らせたくない!」 等としきりに(的の持ち主の)カミさんを誉めるので、 射った自分は、今度失業してもスナイパーで食っていけると確信した。 その節は「ゴルゴ 55 号」と名乗る事にするので、ご愛顧の程、宜しく。

どうも 10 点というのは真ん中の円らしい。で、正確には、 10点に 7発、9点に 3発と言うべきか。

5/31/08 (Sat): 無題

もう大部前の話になるが、実はシンガポールから帰ってきた後、下痢で 4 日程寝込んだのだった。 帰国から一日置いて症状が酷くなったので、出張の疲れか、 帰国後食べたものが悪かったかだろう、と思っていたけど、 どうもそうではないようだ。 最近、一緒にシンガポールに出張した人達と話す機会が有って、 一緒だった三人とも同じ目に遭っている事が判明。 衆議の結果、シンガポール最後の晩に食べた焼き鳥が悪かったに違い無い、 との結論に達した。そう言えば、一部生っぽいのが有ったなぁ。 レバ刺も食べちゃったし。 ずっと以前の同僚の「災難」を見てたので、かなり注意してきたつもりであるが、 「日本食屋」なら大丈夫だろう、と気を緩めたのがまずかった。

新たに TV チューナを導入して、チャンネルのスキャンを余儀なくされたおかげで、 TCM というチャンネルを見つけた。Turner Classic Movies の略らしい。古典的な映画を、サブタイトル付き、CF 無しで掛ける。 私などには小躍りしたくなるようなチャンネルであるが、 しかし、"Psycho" 等の馴染みのある映画はさほど出てこない。 (そもそも、 私が「古典的」な映画をそれ程知らない、と言った方が当っているかも。) そのチャンネルで何と「七人の侍("Seven Samurai")」をやっていた。 「休憩中」の画面も有るノーカット版で、3 時間 20 分。 昔 TV の「洋画劇場?」で見たのとか、飛行機の中で見たのは、 かなり短かくされていたに違いない。 英語のサブタイトルも然程邪魔にならず、見応えが有った。 この録画は家宝にしよう。


4/26/08 (Sat): インターネット中進国

San Diego のアパートのインターネット接続をアップグレードした。

TWC (Time Warner Cable) が、"Road Runner Turbo" というサービスを始めた(今は "Road Runner") というダイレクトメールをくれたので、 早速ウェブサイトで「上りのスピードは?」という質問をする。 しかし、どうもこの質問は San Diego 界隈では「禁句」のようで、やっぱり梨の礫。 しかし、ダイレクトメールをようく読んでみると、滅茶苦茶小さい字で

 Road Runner Turbo speed is up to 15Mbps/2Mbps.
と書いてある。これはきっと下り/上りのスピードの公称値のことに違いない。

で、試しに申し込んでみる事にした。 ウェブサイトで申し込んだが、幸い今持っているモデムは「Turbo 対応」だった(すなわちオンサイトの工事が不要という事。)翌日の昼前には確認のメールが来た。 試しに会社の Linux から wget してみると、210 kB/s (= 1.68 Mbps) くらい出ている。工事は完了したらしい。

帰宅して、早速 RBBTODAY さんで確認すると、「使用前」が

 SPEED 2.5 (speed.rbbtoday.com)
 計測日時 : 2008年4月25日金曜日 19時40分20秒 (JST)
    下り(ISP → PC): 3.92Mbps
    上り(PC → ISP): 502kbps
だったところが、「使用後」は
 SPEED 2.5 (speed.rbbtoday.com)
 計測日時 : 2008年4月26日土曜日 21時55分40秒
    下り(ISP → PC): 3.91Mbps
    上り(PC → ISP): 1.73Mbps
となり、上りは 3倍以上の改善。15/2 Mbps が公称値だから、上りはかなり健闘している。

下りがちっとも変っていないように見えるので、wget で www.python.org からダウンロードしてみると、安定して 1.75 MB/s (= 14.6 Mbps) が出ている。(RBBTODAY のサイトが遠すぎる、という事かも。) また、otacky.jp から otacky.us(すなわち、このサーバ)のデータを wget でダウンロードすると、235 kB/s (= 1.88 Mbps)。 「使用前」・「使用後」を対照させると、 「使用前」が

 下り: 6.80 Mbps (Firefox の "Downloads" による)
 上り: 0.54 Mbps (正確な記録なし)  
に対して
 下り: 14.6 Mbps (wget: python.org -> otacky.us)
 上り: 1.88 Mbps (wget: otacky.us -> otacky.jp) 
となった事になる。公称値にあまりにも近くて、「できすぎ」の感があるが、 CATV は同軸ケーブルが直接部屋のモデムまで来ている(VDSL を使わない)ので、こういう事もあるのかも知れない。 追加料金 $9.99/Mo の値打ちは有った!? ともあれ、上りがこれくらいあると、むしろウェブブラウザの速度が制限要素になるだろうから、 ウェブサーバとしては十分かも知れない。 真面目に「緊急時用代替サーバ」の実現を考えよう。

しかし、稲城の留守宅(BFlet's マンション、公称値 100/50 Mbps)は、事もなげに

 下り: 47.89 Mbps (RBBTODAY)
 上り: 26.75 Mbps (RBBTODAY)   
くらいのスピードを叩き出しているから、今回の改善で、やっと San Diego は「インターネット後進国」から「中進国」になった、 というところだろうか。

3/29/08 (Sun): シンガポール

東京出張からの帰り にシンガポールにも寄った(方向は 180 度も違うけど)。 東京滞在中かなりヘロヘロになっていたが、 シンガポールに着いたらいきなり気温 30 ℃、その熱に当てられて急に元気が出てきた。 というか、前回来た時は深夜に着く便で、 しかもチャンギ空港から一人タクシーに乗って非常に心細い思いをしたので、 今回、昼間に着いて、現地の方に出迎えていただいたので楽チンだった、 というだけの事かも知れない。

「シンガポールは始めてですか?」「いえ、三度目だと思います。」 って会話を何度か繰り返したけど、これは言わずもがな、であった。 なにしろ、最後に来たのが 20 ン年前で、「あ、これ覚えてる」と言えるものが何ひとつ無い。 何度も歩いたはずのオーチャード通りさえ、殆んど記憶にない。 尤も、一番記憶に残っているのが、「シャッチョー、(ニセモノ)トケイアルヨ」 などと言う、疑似日本語の「客寄せ」なのだが、 そんなものは、今のオーチャード通りには全然見当らない。 今の通りは、そもそもそんなものが似つかわしくない程洗練されつくしていて、 サンフランシスコのそれよりお洒落なような気がする。

清潔、整然、というイメージは変らないけど、工事が多い、 という印象もかつてのまま。このペースで、20 年経てば、街の印象がすっかり変ったとしても無理はない、と納得。 (今日本の建設会社のリソースは、半分がドバイ、 後の半分がシンガポールに有る、という冗談(半分は本気?)を聞いた。) 今浦島の感が極まったのは、現地で接待していただいた方(マレー人社長)に、「あれが Merlion です」って、セントーサ島にある巨大な像を指差された時。 私の記憶では、綺麗な公園の中にある「口から水を吐くこじんまりした像」だったはず……。 ちょっとショックだったけど「そんなはずはない」という自信も無く、 後で日本人駐在員の方にこっそり聞いたら、私の知っているのがオリジナルで、 こちらは最近できたものらしい。 成程、それなら無理もない。 しかもこれなら「世界三大がっかり」の汚名を十二分に返上できると思う。

前回来た時は、社員食堂や、ホテルのレストランを活用して、 地味だけど「安全第一」な食生活をした記憶が有る。 なにせ、頑健をもって鳴る同僚の一人が、屋台のエビに中って数日ホテルで呻吟した、 という話を聞いていたので、もともと食べ物に保守的な私はビビッてしまったのであった。 が、しかし今回は短期という事もあり、かつ訪問者の数も少ないので、 フルアテンドしていただき、選択の余地が無かった。 結果、屋台、ファミレスから、高級レストランまで、全て中華料理で通すことに…… (なすがままにしていたらそうなった、という単なる偶然ですが)。 感想は、シンガポールの中華料理は美味しい!につきる。 (というか、日本の中華料理だって悪くないと思えるから、 実は米国の中華料理が酷い、というだけの事かも。) 中でも、屋台料理が一番だと思う。 (名前は忘れたけど)でっかい骨つきの牛肉がごろんとスープの中に転がっている、 という身も蓋もない料理だけど、これがとっても気に入ってしまった!

市街に車で入るのに、お金が要る(日本の高速の ETC みたいな装置で有無を言わさず徴収する)とか、国内での企業間の激烈な競争 (プリント基板の試作は一週間かからない)とか、 例のマレー人社長の流暢な英語(英国の大学を出ているらしい)とか、 なんだか、日本はウカウカしてられないなぁ、と思ってしまった 4日間であった。 でも、そんなに、キビキビ・キリキリしていたら、疲れませんか? とも感じたけど、それは私が(既に老大国となった感のある)日本国の市民だからだろうか?


2/25/08 (Sun): 無題

車を買った Toyota dealer で 10,000 マイル点検をしてもらった。 購入してから 2 年になるのに、まだ、8,000 マイルしか走っていない。 5,000 マイル/6 ヶ月目、10,000 マイル/12 ヶ月のうち、遅い方で良い、と勝手に判断して、これでまだ 2 回目の点検だけど、ディーラーのエンジニアによると「少なくとも、6 ヶ月に一度は、点検した方が良いよ」。

なる程、上の解釈は間違っていたのね。まあ、でも、罰則も無いので……

2008-02-27: でも、そうではないかも、とも思い始めた。 なんとなくアクセルに対するレスポンスが良くなったかな、とは思っていたけど、 実際に燃費がかなり良くなったみたいだ。 直後に満タンにしてから、380 マイルくらいも走っている。(まだ、20 マイルくらいは行けそう。) Los Angels まで出向く機会が有って、高速を走ったせいだろうが、 それにしても新記録かも。

2/17/08 (Sun): 多事多難

30 lap.

Lojack (自動車の盗難防止システム)の検査をやってもらう。 本当に必要かどうか未詳だけど、二度バッテリを上がらせてしまっているので、 勧めに従う事にしたのだった。結果は、本体、予備電池とも 100 % OK。良かった。けど、半日と $79 がなんだか勿体無いような気がしてきた。

アパートの契約を更新。今年も $100 も家賃を上げたいと言ってきたが、昨年の例に倣い「交渉」に入る。 昨年よりは、ちょっとだけ強く出たつもりだったが、$40 値切っただけに終った。(昨年は $100 を $50 にさせた。)

掃除機を買った。実はこれで 3台目。最初のオモチャのような奴は、 結局使いものにならず、次の iRobot は、絨毯の床ではちょっと荷が重い。 安く済ませようと思うあまり、 結果的に「戦力(リソース)の漸次投入」という最悪の戦略を取ったしまったようだ。 しかし今回は Dyson である。この愚行の連鎖を断ち切る「決定版」となる筈である。 実際これは良さそうだ。 最初使ってみて、これまで全然掃除できていなかった事が良〜く解った。 さして広くない部屋だが、一回でゴミのキャニスター?が一杯になってしまった。 (こんな中で暮していたのかぁ、よくぞご無事で……。)

どうもこの頃、我が Quadra (MacPro) の調子が悪い。 自動で寝てくれないのは以前のままだが、Skype や Firefox がよく落ちるようになった。数日前に、はっきりその頻度が上ったように思う。 どうも、OS の奥深いところ (launchd 等)がおかしくなったみたいで、VMware や crontab などが、酷いときには 数秒ごとに「警告」をログに吐くありさま。 しかも、OS をバージョンアップしても改善されない。VMware をあきらめ、また他のサーバとしての働きもあきらめて、ThinkPad にサーバ機能を移す事にした。詳細は「オタク日記」に。

何だかなぁ、と思っているところへ、今度は iPhone が充電されなくなって、ちょっとパニックに。 なんだか「Apple さんお願いしますよぅ(泣き)」てな感じになってきた……。 どうも過放電が引き金になって、充電回路かその F/W がおかしくなったみたいだ。 いろいろごちゃごちゃやってみたが(初めて取説を真剣に読んだ)、 結局、Sleep/Wake ボタンと Home ボタンを同時に長押ししてリセットする、というのが正解だったようだ。 (取説には書いてなかった。結局、取説なんて真面目に読む程のもんじゃない:-p) 直ってみると、既に満充電になっており、 電池残量の表示がおかしかっただけらしい。

iPod の USB の不調の際と同じように、今回も system reset で直り、しかもその reset が簡単なのは良い。が、そもそもこんな事は起きないようにして欲しいものだ。 (Sleep や充電が、「微妙で難しい問題である」という事は経験上良く知っているが。)


2/9/08 (Sat): ISSCC

このところ運動不足気味だったので ISSCC が有ったホテルで泳いでみたが、一部改装中のせいか、 プールはなんだか荒れ果てた感じで、何より水が冷たくて、長くは泳げなかった。

しかし、会議は今年もなかなか面白かったし有意義でも有った。 去年は、「Plenary なんて偉い人のためのもの」なんていう間違った先入観のせいで、 これをパスしてしまったが、今年は参加。これがなかなか良かった。 (長々とやる表彰式はやっぱりつまらなかったが……。 そもそも、そんなに沢山「賞」を出したんじゃあ、「有難味」が無くなるのでは?) ともあれ、かなり熱の入った招待講演が三つくらい有って、中でも、Jeff Hawkins さんのは「嬉しい驚き」。実は彼は私の "Personal Hero" でも有る。 Palm 社を起し、それを去って、今は、かつて自ら著した "On Intelligence" に沿った脳の大脳皮質の働きを模したチップを開発している。 とにかく凄い人である。 が、その講演は、上手すぎる(OHP に長々と文章を書いたりしない)上に、めちゃくちゃ早口で、 実は半分もわからなかった。 (これは別の講演だけど、まさにこんな感じ。 というか、内容も良く似ていて、この話は彼の十八番と見える。)それでも、"On Intelligence" を読んでいた御陰か、まあまあ話に付いて行けて、 私の尊敬の念はまた一際強くなったのでありました。

私が覚えている範囲では、彼が "On Intelligence" で強調している事は、 大脳の働きを理解するに当ってのパラダイムの変更だったように思う。 要は、かの「ニューラル・ネット」でさえ、「入力を処理して出力する機械」 という認識の枠組みから自由になっていず、 大脳皮質の機能の理解においては、記憶(のありかた)と feedback を重視すべきである、という事(だったと思う)。 そうは言っても、工学としてはまだまだ雲をつかむような話ではある。 しかし、実際にその考えを応用したチップ(HTM: Hierarchical Temporal Memory)を開発して、画像認識で成果を上げている、との事。 さすがだ! が、しかし一方で、「やっぱり応用はこっちの方向か」 という感想を持ったのは否めない。 自分の期待が大きい分、ちょっとがっかりもした。

その後、ホテルの前の通りで、たまたま Jeff さんと道連れになって、「話し掛けようか」 とか「サインもらおうか(ウソ)」等と思ったが、結局何もせずに終った……

本題の発表(原著講演)の方は、相変らず RF/Analog が元気であったが、前回の感想の「東洋系の発表者ばっかりだ」は、今回は当て嵌らなかった。 単なる印象だが、東欧やロシアの人達が目立っていたように思う。


1/5/08 (Sat): 瀬戸内通信

たまに出張先・旅行先等で美術館を訪れる事は有ったが、 さほど熱心な愛好家ではないし、家族と美術館へ出かける等はもっと稀だった。 しかし、娘が美術クラブに入ったとかで、 家の中で美術(絵画)が話題に上る事が増えてきた。 それとこのごろ何彼と彼女の発言権が増してもきたこともあり、 そのせいか、我が家に何だか「高尚」なイベントが増えてきたような気がする。 例えば、この正月休みには美術館を二箇所も訪れた。

最初の訪問先は、瀬戸内海は直島。その中の Benesse House 他が有るあたりは、特に「風光明媚を絵に書いた」ような、本当に良い所である。 (岡山駅から、宇野を通って直島まで、ローカル線と連絡船の旅も良かったなぁ。 でも、瀬戸大橋開通はたった 20 年前の事なのに、 その頃の宇野駅・宇野港の面影がどうしても思い出せない。) 関東地方とちがい、瀬戸内海沿いは砂浜が白いので、 直島もその例に漏れず、自然に「白砂青松」になる。 その中に、摩訶不思議なオブジェがちりばめてあり、 また、作りに凝った美術館が有る。 振り返れば、静かな海に沢山の小島が浮び、にぎやかに船が行き交う。 (これが、帆船や小舟だったら言う事ないけど、 残念ながら巨大なタンカーや貨物船。) 引退したら、カナダがニュージーランドの湖のそばに……なんて思っていたけど、 瀬戸内海の小島も良いな。(特に美術館が無くても可:-p。)

その環境と、おだやかなお天気のおかげも有ってか、屋外の展示は なかなか良かった。 泊ったホテルそのものが美術館になっており、 その中をガイドツアーしてもらったが、こちらもなかなかのもの。 但し、私には「前衛」すぎて、感動したと言う程ではない。 建物が凝りすぎ、の上に作品が少なめなので、何だか、 展示品が建築の「つけあわせ」みたいな気がした。

しかし、翌日は、かなり強い雨が断続的に降る生憎のお天気。 この天気のせいか、 本村地区に散在している「家プロジェクト」の各「空間」の方は今一。 結局、私には何が良いのか解らなかった。(「南寺」は印象的だったけど。) 「古い民家」に実際に住んでいた経験が有る身としては、 それが生々しすぎて、どうも「藝術」に昇華してくれない。 有り体に言えば「なんだ、(俺が住んでたみたいな) 『ただのボロ家』じゃん」と言うところか。

その後、地中美術館へも行ったが、チケット売り場から美術館の入口まで、 雨模様の中をかなり歩かされた事も相俟って、これも印象が今一。 それでも、ジェームズ・タレルの一連の作品や、モネの睡蓮(4 枚有った) は見応えが有った。ここも、建築が表に出すぎの嫌いが有り、しかも、 モネの展示室は暗すぎ。絵が晩年ので元々かなり暗い上に、照明が不十分。 「自然光」がウリの展示室で、外が雨だと結構つらいものが有る。 それやこれやで、何だか「安藤さん(の建築)頑張り過ぎ(てアイディア倒れ)」という印象の ベネッセ・アートサイトだった。

もう一箇所は、なんと金比羅山(香川県仲多度郡)。書院を公開する、というので、 初詣がてら家族で出掛けた。目玉は、応挙と若冲の襖絵らしい。 階段を何百段も登ってやっと着いて、 ほっとしたせいか書院作りの建物そのものが素晴らしい。 また、応挙の襖絵も、丹頂鶴(遊鶴図?)などは「さすが」と感心した。 とりわけ、目玉中の目玉の虎(遊虎図)は、 「おお、こんなところに有ったのか」と感動。 しかし、良く見るとなんだか猫っぽい。よく教科書に出ている虎(水を飲んでる方) も何だかやさしい顔をしているけど、別の(正面から見た)虎などは、 猫ちゃんそのもので、とっても可愛い。 応挙は虎を見た事がなく、猫を見ながら描いたらしいから、 写生を身上とする彼としては「無理もない」のかも知れないけど、でも、 藝術家としてのイマジネーションはどこへ行った?

若冲もなかなか良かった。が、金箔の上に絵が描いてあるために、 コントラストの劣化が著しい。 展示場所がちょっと暗いかったので、これは結構つらい。 (「暗い」という文句ばっかり出るのはトシのせいか。)

なんやかんやと不満ばっかり書いているけど、 見応えのある作品も多く有った。何よりとても楽しい旅行だった。


1/4/08 (Fri): 歴史的假名遣ひへの訣別(哀惜)の辞

荻野貞樹さんの「歴史的かなづかひで書く日本語」への感想の中で、 「やつぱり自分では使はない」と書いてゐながら、 その後も何となくだらだらと続いてゐる。 たまたま使つていた電子辞書(広辞苑)や假名漢字變換(SKK)等の環境であるが、 これが旧假名遣ひのためにも比較的よく整つていて、これらと、 有れば使ひたくなる、もしくは使はなければ勿体無いと思ふ性格(貧乏症とも云ふ)のせゐかも。 でも、きつぱり止める事にする。(って特に宣言する程の事でも無いが。)

結局「身に付かなかつた」と云ふだけの事。 おぼつかないながら、 「『は行動詞』と『ゐ』だけのレベル」には達する事はできたと思ふが、 そのレベルでさへ、それを「徹底」するには、いつも注意してゐないといけないし、 それでも起きる「見逃し」を防ぐために、 後から「い」や「う・え」を探して、「ゐ」や「ふ・へ」でなくて良いか確認する、 なんて事をやつてゐる(Emacs の query-replace を遣へば、さ程面倒でもないが)。 要するに、身についてゐないから、とても時間がかかるし、面倒臭い。 況はんや、そのレベルから脱するためには、もつときちんと勉強する必要がありさうだ。 (あたり前!)。 何より「これはかなはん」と思つたのは、文化庁のサイトの歴史的仮名遣い対照表を見た時で、 これはちょっと覚え切れないな、と。 勿論、挙げられてゐる例の大半は字音假名遣ひなので、 「漢字で書けるものは漢字で」を原則にすれば、 これらは覚えなくて良いのだらうが、怠け者かつ完全主義者である私のショックは大きかつた。 「荻野さんに乗せられたかな」みたいな。

それに、初め「よく整備されてゐる」と思つた環境も、 実際に使つてみるとさほど万全ではなかつた。 例へば、電子版広辞苑の「本体」には「ちょっと」や「ひょっとして」 等と云ふ言葉を旧假名でどう書くべきか載つてゐないし (そのまま書けば良いのかも知れないけど、「並字」にしなくてよいのか?)、 活用形についても教へてくれない。 SKK についてはほぼ満足してゐるけど、辞書を充実させるともつと嬉しいかも知れない。 むしろ「旧假名遣専用辞書」を作つて、それに切り替へると、例へば、 "OmoHu" を「思ふ」と変換するが、 "OmoU" では「思う」と出て来ないやうにできないか? あ、しかしこれでは、「思うて」(「思ひて」の音便)と書く時困る。 うーむ、難しいなあ。

しかも、さうやつて、時間をかけて書いたものを読み返してみても、 読み易くなつた、格調が高くなつた、とは到底思へない。 私の駄文はともかく、 「歴史的假名遣ひ推進派」の方々が書いた文章を読んでも、 (現代語の口語文である限り)歴史的假名遣ひだから読み易いとか、 格調が高い、と云ふ事はないやうに私には思へる。 そもそも、ローマ字や字音語だらけの現代文の場合、 假名遣ひの違ひが殆んど表面に出て来ない。 たまにしか違ひが表れないから、間違ひ易いし見逃し易い、 と云ふ事もあるだらう。 何より、あまり違はないなら敢へて旧假名遣ひに拘る理由も少ない、とも言へる。 要するに、自分が現代語を書いてゐる限りにおいては、 歴史的假名遣ひは「費用対効果」があまり良くない。 (私が古語を遣ふやうになる虞は、まず無いだらうし。)

ならば、新假名遣ひに徹して、「送り仮名」とか、 「字音語・片仮名英語・ローマ字・括弧の使ひ過ぎ」 に気をつける等に注意を向ける方が、合理的・生産的なのではなからうか。

で、もう歴史的假名遣ひの練習は止めにして、新假名遣いを勉強する。 と云ふか、もう少し気を付けて文章を書くように勤める事にする。 (まず括弧を減らさう:-)

でも、時々は歴史的假名遣ひで遊んでみるかも……
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Taka Fukuda
Last modified: 2010-03-27 (Sat) 17:59:56 PDT