San Diego 通信 (2006)

この(2006 年の)2月の初めから、米国はカリフォルニア州 San Diego で、単身赴任生活を始めました。 実はまだ「つれづれなるままに…」と言う程暇ではないのですが、 仕事だけだとどうしても「絶海の孤島で独り朽ちていく漂流民」 という気分に…。 だからという訳でもないけど、何かを書こう、と思い立つ。 (空瓶と見ると中に手紙を入れて海に流さずにはおれない、 ところまではいってないと思うが、どうかなぁ。) 幸いスウェーデンに流された時に綴った Lund 通信(遠島日記) が意外に根強い人気を保っているようなので、 ひょっとしてこれもまた誰かの目に止まるのではないか、 と淡い期待を抱きつつ、ネットの海に流してみます。


目次

6/24/06 (Sat): 事故ってしまった!
5/13/06 (Sat): ついに一人前?
5/3/06 (Wed): やっと半人前?
4/2/06 (Sun): 夏時間に移行
2/19/06 (Sun): アパートに移る
2/17/06 (Fri): 車を買う
2/13/06 (Mon): 何という事はない日帰り出張のはずが…

6/24/06 (Sat): 事故ってしまった!

もう一月近く前の事になりますが、軽い事故に遭いました。 やっと一段落したので、その顛末を控えておきます。

6月 1日(木)の夕方、久しぶりに早く会社を出れらたので、 日本食スーパーへ買い出しに行きました。その帰り道、I-805 (North) を降りて、La Jolla Village Dr に入ったところで、I-805 (South) から降りてきた車が強引に私の前に割り込んできたのでした。 こちらが加速中だったので、その車もきっと目測を誤ったのだと思いますが、 あまりに近かったので、思わず左にハンドルを切って、 かろうじてその車との衝突は免れたのですが、 左後にいた車に追突されてしまいました。

すぐに左に寄せて、車を停めると、追突した車も寄ってきて停車。 こちらは左後のバンパー(プラスチック製) がかなりへこんだくらいだけど、相手側は右前で車高も低いので、 ヘッドライトが壊れて、かなり痛々しい。 ドライバは若いカップルで、おだやかで親切。 決まりどおり(らしい、こちらは始めてだけど) お互いの住所・氏名や保険会社の名前他を交換。 その後警察に電話してくれる。 警察は、運転免許証番号を交換する事と、 双方とも安全な場所に移動する事をアドバイスしてくれたらしい。 (確かに、そこに駐車していては危ない。) 近くのモールの駐車場へ移動したけど、 免許証番号を交換したらもう大してやる事もなく、握手して別れた。 別れ際にむこうから I'm sorry と。 半分以上こちらが悪いと思っていたけど、 セクレタリさんの電話でのアドバイス(「絶対 I'm sorry と言ったらダメですよ」)を守って、言わずにいたのですが、 言いたいことを言わずにいるってのも、結構ストレスになる。

アパートに戻って、保険証に書いてある番号に電話してみたけど、 営業時間外である旨の録音が流れるだけ。そんなもんか、と思って寝てしまう。 翌朝もやっぱり時間外。 さすがに事故から時間が経ちすぎるとまずかろうと思い、 事故が有った旨メッセージを残す。 昼前くらいになって、コールバックがあったので、 事故報告の提出とか、修理の段取りとかを話した。

まずは修理。機能的に全く問題無いので急ぐ必要もないのだけど、 こちらが中旬に日本へ出張しないといけないので、それまでにカタをつけたい。 Body shop(人体の方ではなく、車の板金屋)へ行け、と言われたけど、 (大昔の)日本での自分のアルバイトの経験からすると、なんだか怪しげで、 飛び込みで行っていいものか躊躇ってしまう。 なので、とりあえず、車のディーラーに電話してみる。 買った時のセールスマンに継いでもらったけど、 どうもこちらの名前を覚えていないみたい。 でもそつなく会話をつないで、ディーラーの近くの body shop を紹介してくれた。さっそく行ってみるが、 教えてもらった道順をちゃんと辿れず(日本語だったのに)、 ディーラーまで出むいて連れていってもらった。

予想に反して、なかなかカッチリした店構えと、てきぱきした対応に感心する。 ふーん、商売が繁盛すると(事故が多いと)システムも洗練されるのね。 店内の壁一杯に貼られた顧客からの感謝の手紙も印象的。 が、出てきた見積もりは $2,400! バンパーだけでなく、 左後のボディ、トランクのドア、リアのガラスまで修理・塗装する事になっている。 自分では、バンパーの交換だけだろうと思っていたので、不満だったが、 専門家の見立てとはそういうものか、と思い一旦は引き下がる。

その見積もりを保険会社に FAX すると、保険会社から車を見に行く、との事。 留守番電話でのやりとりを何度かしてから、そのおじさん (appraiser) がやってきた。 FAX した見積もり書と車を見比べながら、 「見積もりしたのは、ほんとにこの車か?」としきりに聞く。 最後には笑い出して「この車の見積もりとは思えん。 もっと正直な body shop に行った方が良いよ。」ふーむ、やっぱり。 バンパーの交換だけで済むんだそうな。 後で、そのおじさんによる見積りが FAX されてきた。 言ってたとおりバンパーの交換だけだけど、工賃も含むと、それでも $900 あまりになる。

こちらとしても、悪くもないところ(特に塗装)を下手に弄られて 汚なくなるのが嫌だったので(アルバイトの経験:-)、 その見積もりの方を採ることに。 それを持っていけば、大抵のところでそれに沿った修理をしてくれるらしいが、 ぼられそうなになった最初の店は敬遠して、他の body shop を探す事にした。Google して何軒か見付けて、回ってみる事に。 最初に行ったところも大した店構えだったが、 「車本体の修理だけでボディの修理はやってないので、裏の body shop へ行け、と。 で、件の「裏」へ行ってみると「怪しい」を絵に書いたような修理屋さん。 事務所は客が二人も入れば満員御礼のサイズだし、 アロハシャツを着て葉巻をくわえた Bishop(Alien 2 の Lance Henriksen? をもっと若くしたような)が対応に出るし…。 でも、なんだか好ましく思えて、とりあえず見積もりをしてもらう事に。 (全員がきちんとユニフォームを着て、 そこら中に客からの感謝状を貼ってるようなところの「怪しさ」 を体験した後だったから、かな。)見積もりは、appraiser のおじさんのより $70 up と出たが、結局おじさんの見積もりを呑んでくれた。 (その時に解ったのだが、保険会社はその値段の小切手を既に私宛に発送してあって、 それを変更するのが面倒だったらしい。なんだか説明と手順がちぐはぐ。) ありがたい事に、最初の body shop で 15 日かかると言われたのに、こちらだと二三日で終るんだとか。 しかも、私の出張中車を保管してくれる、とも。 なので一日もレンタカーのお世話にならなくて済んだ。 (その日、会社まで帰るのと、会社からアパートに帰るのには、 同僚のお世話になってしまったけど。)

十日後に出張から戻って空港で携帯の電源を入れると Bishop さんからメッセージが残っていて、修理が完了しているとの事。 空港から Taxi で直行したら、修理の終った車が店の前に引き出してありました。Bishop さんは他の客の対応で忙しいようだったので、キーだけもらって、 勝手に確認・点検。問題無さそうだったので、さっさと乗って帰りました。 その後まじまじと見なおしても自分には見分けがつかないくらい修理は完璧 (バンパーを新品と交換するだけなんだから、あたり前か?)。 他に何も問題が見付からないし、とりあえず、事故処理は完了と思う事にします。

それまでも、車間距離は十分すぎる程取る(割込まれても気にしない)、 ランプでの制限速度は守るなど、他人様の迷惑をかえりみず:-p 事故だけは起さないように、と気をつけていたので、 今回の追突はちょっとショック。 なので、その後よく気をつけて周りを見るようにしていますが、 その結論は「これじゃ、避けようが無い。」件の I-805 (South) から、La Jolla Village Dr. へのランプは、私の通勤路でもあるので、 毎日観察してますがこのランプからいきなり 3 車線ある本線の左側(中央)のレーンに飛び込む車がかなり居ます。 ランプで後を走っていた車に、 本線に入った数秒後に左から抜かれる事もしょっちゅう。 (こちらが左のウィンカを出していてもおかまない無し。) 今回の事故も、そういう車を避けようとして起きたのでした。 むしろそんな無謀運転をする奴にぶつけてやれば良かった、 と思いましたが、知り合いの米国人会計士が言うには、 「追突は大抵後続車が悪い事になるので、避けて正解だった」と。 とすると、今回の教訓は「前が空いていてもあまり急な加速はしない」 「割込みされてあぶないと思ったらブレーキ」ってことになりますかね。 前者はともかく、後者は咄嗟に実行できるかどうか自信がありませんが。

ちなみに、正式の免許証が届きました。5 週間かかりました。DMV の言ってた「二三週間」と、巷で言われる「二三ヶ月」のちょうど中間くらいという事になりますね。 これで、「写真付きの ID を」と言われて、いちいちパスポートを出さなくて済む。 それにしてもこの日記、なんだか車がらみの記事ばかりになっているなぁ。 このあたりで何とかもう卒業したいものです。


5/13/06 (Sat): ついに一人前?

運転免許の実地に受かりました。なんか、いっちょ前になったような、 良い気分です。しかし、こんなに嬉しがっているのは、 保険会社の人に「早くとらないと契約更新しないぞ」 と言われてちょっと焦っていたから、でもあります。

NC (North Carolina) で一度免許取った事があるのですが、何せ 10 年以上前の事とて、殆ど何も覚えていない。 路上試験で「スリーポイントターンをやりなさい」と言われて、 それが何の事か解らず、適当にごまかした事、その後誰に聞いても、 それがどんなターンか結局解らずじまいだった事、 だけは妙に記憶に残っている。

なので、ちゃんと勉強しないと合格は覚つかないのだけど、 「ちょっと延し」をしているうちに前日になってしまった。 もう教科書を勉強している暇はない。 (あるんだけど、最後まで怠けてしまった。) で、同僚にお願いして勘所を聞く事に。ほんの 15 分くらいだったけど、これが大正解。 車の保険証を持って行くのを忘れないように(すっかり忘れていた)、 手信号できますか(あー?今時そんなものする人いるの?で、 アメリカじゃどうやるの?)、 とにかくノロノロ運転を心掛ける事。 特に学校のまわりの「25 mph 以下」を見過ごしたら即アウトだよ(え、でも、 時々変なところにあるよね、その表示)、 おばあさんの試験官に当ったら運が悪かったと思って諦めなさい (がははは。あ、これ落ちた時の言い訳に使えそう)、 等々、「目からウロコ」のアドバイスを沢山もらいました。 車の各部を操作しろと言われるので英語で名前を覚えておくように、 とも言われたけど、これはだけは大丈夫、と多寡をくくっていたら、 実は全然大丈夫じゃなかった。(下記参照。)

当日は、早目に起きて Escondido まで出かける。 結構離れているので、皆に「なんでそんなところで?」と聞かれるけど、 筆記試験の予約が早く取れるのが、そこしかなかったんだってば!

DMV の窓口にかなり早く着いてしまったけど、構わず列の最後につく。 私の前に並んでいたラテン系のおばさん、一言も英語が解らないらしく、 受け付の人がスペイン語の通訳を連れて来るまで、一言もしゃべらなかった。 でも、「解らないのはそちらが悪い」 と言わんばかりの堂々とした態度にちょっと尊敬の念を抱いてしまいました。 (でも、結局間違った窓口に来てたみたい。30 分も早く来たのに、フイになってしまったじゃないか。 もっとも彼女の「貢献」は 15 分くらいだけど。) それにしても、筆記試験はスペイン語で受験できるにしても、 実技では困るはず。どうなってんですかね。 考えてみれば、筆記試験だけ語学的に門戸を広げても意味は無いので、 やりようによっては、スペイン語でも受験できるに違いない、と思えてきた。 だったら日本語でも可能?(筆記は日本語でも受けられるので。)

私の受け付けは順調に済んで(二三回しか聞き直さなかったぞ、えらいでしょ) 自分の車を取って来て、所定のところに並んで待ってなさい、 と言われる。

並んでみたら前にはたった 5 台程。 しめた、と思ったけど、これがまたなかなか「はか」がいかない。 何しろ試験官が二人くらいしかいない。 中年の白人男性と、ポニーテイルのお嬢さん。 お嬢さんという程若くなかったかも知れないけど、なかなかの美人。 うーん、試験官としては有難くない。でも、一方の中年男性は、 独特の「妙に繋った」英語で、とっても聞き取りにくい。 「待ってる間、エンジンを止めて、パーキングブレーキを引いときなさい」 と言われたのだけど、これだけの事がなかなか理解できなかった。 しかし、残念ながら(何が?)順番からすると、この人になりそう。

でも、まあ、どっちにしても、おばあさんでなくて良かった、 なんて勝手な事を考えていると、 黒い小山のようなものが脇に立った気配。見上げると、黒い T シャツを着た黒人女性が、耳から耳までの grin で笑っていて、 おきまりの "Hi, I am ..."。 私の試験官様らしい。 さすがに握手は求められなかったけど、とにかくフレンドリー。 自分の名前を言って、スコアシートにサインしていよいよ試験開始。

予め同僚に聞いていたおかげで、最初の手信号も何なくパス。 ウィンカ他のチェックも無事終って、車内の操作部の試験に移る。 こっちも何の事はなく進行したのだけど、最後に「emergency brake はどこ?」と聞かれて、さあこれが解らない。 昔チラっと教習所で 「足で蹴るタイプの緊急ブレーキ」の事を習ったような記憶が有ったので、 足元を覗き込んでみたけど、そんなもんは見当たらない。 「解らない」とギブアップするとにこにこ(にやにや?)しながら 「今あなたの右手の下に有るやつ、parking brake」だと。 「なーんだ、そう言ってくれれば解ったのに」 「そーねぇ、でも emergency brake とも言うのよ」 と二人で笑い合ったのに、しっかり減点されていた。(大体、 さっきあのおじさんは parking brake と言ったぞ!)

いよいよ路上試験に出発。 試験官のおばさんが乗ったら、ゆさっという感じで愛車の車高が確実に 5 cm は下がった。でも、意外に手際良くシートを調整して、 「ここから先は私の指示で運転してね。 何も言わない間は、信号と表示に従って直進する事。 リラックスして、さあ行きましょう。」 言い方が穏かだけど明確で、実際リラックスできました。 コースは結構長くて、色々な場面を経験できるようになっているみたいだけど、 途中、ブルドーザを運ぶ車の後について、強制的にノロノロ運転になった事もあって、 大過なく試験終了。まあ途中、左折と指示されたのに右折しようとした、 (しかも、その直前の指示で左へ車線変更していたのに) という赤面もののチョンボも有りましたが。

無事帰ってきたら、"You did good job!" とか言ってくれて、合格したらしい。 スコアシートの空欄にでっかい「ニコニコマーク(?)」 が書いてあったのには笑った。小山さんがますます好きになってしまう。 でも、先の emergency brake の他にも 3 つ程減点されていたみたい。 不思議に右左の間違いは減点されてなくて、バックの時の直進性? とか、左折する時に、曲り切らないうちに別の車線に入ったとか、 が咎められていた。(もう一つは何なのか解らず。)減点がいくつまで OK なのか知らないけど、"good job" なんだから余裕で通ったと思う事にする。

スコアシートを窓口に持っていくと、ここでも Congratulations とか言われて良い気分(単なる決まり文句なんだってば!) しかも、二三週間で正式の免許証が届く由。 「ほんまかいな」てなもんですが、ともあれ一件落着。 DMV までの往復を除けば、都合 2 時間の拘束時間でした。

帰りは、I-15 がよく空いていたので、試験の間のノロノロ運転のうっぷんを…。嘘です。 車間距離をしっかり取って、最高でも 80 mph くらいに抑えて帰ってきました。


5/3/06 (Wed): やっと半人前?

一昨日、やっと license plate (ナンバープレート)が来ました。 車を買った時(2/17) に販売店のおじさんが申請したはずだから、なんと 2 ヶ月半経っている事になります。

その間どうしてたかというと、当然 license plate 無しで走り回っていたわけです。 代りに、車体番号を書いた紙を、screen (フロントガラス?) に貼りつけているのですが、走っていたらそんなものは読める筈もなく、 まあ何というか、いい加減、ですよね。そう言えば、license plate も普通郵便で来たし…。

しかし、ものは言いようで、とにかく走り始める事はできる、すなわち、限りなくドライバ(もしくは自動車販売店?) の利便を考えてある、とも言える:-p そう言えば、道路で事故が起きたら、警察は、まず交通を復旧する事を優先するし、 DMV (運輸局?)の運転免許の受験案内というか、模擬テストのサイトにも、
* Don't be nervous. DMV wants you to pass your test. Good Luck!
なんて書いてある。あははは。単純な私などはなんだか嬉しくなります。 確かに「さっさと通れよ」とばかりに、学科試験を同じ日に 3 回も挑戦できるようになっている…。大抵の人は 3回のうちには通るようです。 (それでも 3 回とも失敗して、すごすごと帰って行く人も居ました。私? 私は、その模擬試験を 2 時間程勉強しただけで通っちゃいました。 受験テクニックもまるっきり無駄ではない!?)

一方、日本での話。私が神戸で免許証を最初に受領した時、 制服の警察官が訓示のようなものを垂れて、 その最後に、「この安全運転の心構えが持てないなら、運転免許は返上しろ」 だと。なんか妙にカチンと来て 「苦労してやっと免許をもらったんだ、あんたにとやかく言われる筋合はねえ」 と思ったものでした。 (手渡される前だったから、勿論口には出しませんでしたが。) その「訓示」の内容は一切覚えてなくて、こんな嫌悪感だけが残ってんだから、 これって逆効果ですよね。でもこれは 20 年前の話。 今はもうちょっと「ドライバ(納税者)本位」になっているんでしょうか。

閑話休題

こちらの若者達は「どんな時に大人になったと実感しましたか?」という質問に 「運転免許を取った時」と答えるんだそうな。 さもありなん。公共交通機関が殆んど無い所では、 「運転免許が無い」は即「移動を人に頼る」って事なんだから。 ライセンスプレートを貰っても、 学科試験に通って仮免もらった状態だと、やっと半人前ってとこですね。 さっさと、実地試験に受かって一人前にならねば…。 でも聞く所によると、実地試験に受かっても、 実際の免許証が来るのは、やはり何箇月も先なんだそうな。やれやれ。 お役所のお役所仕事が納税者の不便に繋がらないようにしてある (その間は仮の免許証で運転できる)のは偉いけど、それにしても…。


4/2/06 (Sun): 夏時間に移行

一人暮らしだと金曜日とか土曜日は夜更ししてしまいがちですが、 次の日がつらいので、なるべくペースを乱さないように気を付けています。 が、酒が旨くて(今「黒甕」っていう芋焼酎にはまってます)、 自作の肴がまあまあ行けて(鯖の塩焼だったりする)、 映画が面白かったりすると(なんと、「カサブランカ」!)、ついつい…。

PC の時計(TV は持ってないので、PC で DVD を見ていたのでした) を見ると 2時近い。「あーあ、またやってもうた」と思いながら、 ちょっと洗い物をしてからベッドへ行くと、ベッドサイドの Radio Clock の表示が、3:05 になっている。「あらま、酔っ払ったかな」 と深く気にも止めず寝てしまったけど、翌日そのラジオで、"daylight saving time" とか言ってたので、「そうだ、今日から夏時間だった」 と気付いたのでした。 そう言えば、同僚達からもそんな話を聞いていたのに、すっかり失念していた。 迂闊な奴は折角忠告してもらっても、 その事自体を忘れるのであんまり助けにならないと見えます。

とは言え、10 年前は、全然気付かずに 1 時間早く会社に行って (その時は 10 月で、1 時間時計を遅らせる時期)、2000 台分くらいもスペースの有る駐車場にポツネンと駐車して、 とても不安だった事を覚えています。 それに比べれば、まあ少しは進歩していると言えるか:-) しかし、その後も、「4 月のとある日曜日、朝起きたら時計を 1 時間進める」 だけ、という程度の理解しかなかった。

昨晩(今朝?)の「タイムスリップ」を体験して、俄然興味が湧いてきて、 ちょっと調べてみる気に…。 しかし、そんな事を気にする人は少ないと見えて、 なかなかそのものズバリの情報に行き当らない。結局、Python というプログラミング言語の datetime という module の説明が一番行き届いているように思えました。私なりに要約すると、

という事らしい。So far, so good で「なんだ、それだけの事か?」 てなもんですが、良く考えてみると(というか、 プログラミング言語の時間がらみのツールを設計する人の立場からすると)、 これって結構無茶な事をやってるんですよね。 Python の "datetime" module は、元からある "time" module に比べてとっても、機能豊富なんですが、TZ (時間帯) の扱いだけは「御自分で勝手にどうぞ」というスタンスです。 一ユーザとしては、TZ を指定したら、そこの local time を表示してくれる、という風になっていたら有難いのですが、 「TZ のまわりの規則等が『合理的というより政治的』なので、 とても実装できない」と切り捨てています。

気持は解りますが、それは過剰反応というもので、 夏時間なんて「やくざ」なものを導入している Time Zone は切り捨ててもいいから、 由緒正しい JST なんかは初めから扱ってくれよ、と思います。

さて、話のきっかけになったタイムスリップですが、 これを実体験するためには、時計の方が自動的に調整してくれる必要があります。 ちょっと調べてみました。

つまり、Timex のラジオクロックが例外的な訳。 おかげで、タイムスリップを体験できました。しかし、 考えて見れば、 表示している時間が標準時なのか夏時間なのかも一緒に表示しないと、 自動調整の意味が半減するような気もします。

このようにかなり面倒なものですが、 夏時間を導入した際、電力消費が確かに減ったらしく、それで、 米国他はこの制度を維持しているらしいけど、 なんかもっとスマートな方法は無いものですかねぇ。 大統領の間接選挙とか、特許の先発明主義とか、 ややこしいものを保存するのが米国人の国民性でしょうか? こんなもの、日本国が敢えて導入するだけの値打は無いと思う。 (それより、まず残業・休出を減らそう!)


2/19/06 (Sun): アパートに移る

赴任してきて当座はご他聞に漏れずホテル暮しでした。これが、suite room でなかなか快適。会社が道ひとつ隔てたお向い、という事もあるのか、 会社の割引が効いて、普通の部屋よりむしろ安いくらい。 とは言え、長く居るとやっぱり相当な金額になってくる。 何より、近々引越しすると思うとどうも落着けない性格なので、 なるべく早く、アパートを見つけて引越そうと思っていました。

アパート選択の基準は、できるだけ通勤距離が短かく、また手間がかからない事。 ハリケーンが来たら、何日も停電したり電話が不通になる、というのでは困る(NC での実体験)。 実は、昨年暮に出張してきた時に、 今住んでいる「タワー」に目星をつけてはいたのだが、 割安感のあった部屋は当然先に埋まってしまい、その後が出てこない。 長びきそうな嫌な予感がしてきた時に、たまたま、 会社の同僚が日本人エージェントの方を紹介してくれた。 一度ご挨拶に、という事だったはずが、お目にかかると、いきなり 「では、実際に見に行きましょう」と言う。(いやぁ、車の件と言い、 何でも話が速いねぇ。)彼女、手持ちの condominium のいくつかを見せてくれるつもりだったみたいだけど、「念のために、 件の「タワー」に先に行ってみたい」 と言うと、何の異論もなく連れて行ってくれた。

行って leasing office で話を初めると、こちらの希望のとおりの物件が、割安 ($150 引き)で出ていると言う。 しかも「今日出ました」と。ほんまかいな、と思いながらも、 もうそれで手を打ってしまおう、と決心。2/11 に入居と決めて、 手付け (deposit) を払ってきた。 エージェントの女性は、他も見せたかったみたいだけど、断わって早々に帰社。

決めてしまってから調べるのも何だか「ちぐはぐ」だけど、 まあやっぱり評判は気になるし。ホテルのインターネット接続サービス (無料)で、つらつらと眺めてみる。でも、やめておけば良かった…。Web の上での居住者の評判は散々。特に、leasing office のスタッフの対応は最低、とある。「そうかなぁ、 確かにあまり熱心に勧めないな、とは思ったけど、腹が立つほど酷くなかった」 というのが自分の印象。

しかし、引越し予定の前々日になって、leasing office から電話が有って、deposit を倍額にしたい、と言う。「今ごろ言いよって、このやろ」と思うけど、 まあ、そう言う事もあるかも知れない。

入居当日 (2/11)、office へ言って契約。 最初の時の若いお嬢さんとは違う、見るからにマネージャ然とした人(女性) が対応してくれた。 ふーむ、こいつが Web で「最低」と言われていたマネージャか。 確かに、なんだか横柄なもの言いではある。しかし、それよりも何よりも、 支払いをする段になって、(personal) check は受けとれないから、money order か、cashier's check にしてくれ、と言う。 それはそういうものかも知れないが、 あらかじめ言っておいてくれればいいのに。(最初の手付けは personal check であっさり払えたし、第一、 アパートの部屋を持ち逃げできる訳ないのに、 クレジットがどうのと、やたらこっちを「信用してない」 と露骨に言われるのもとっても気分が悪い。) しかも、その日は土曜日で銀行はやっていない。では、 という事で近所の郵便局で Money Order を作ってはどうか、と言う。 しかし、そこでも結局作れなかった。 無駄足になった上に、近所を右往左往させられた訳で、 一緒に来てもらっていた同僚にも悪い事をしてしまった、 と思うと余計腹が立つ。件の Web site には「何度も足を運ばさせられた」とも有ったが、 その不満はこのような事だったのか、と納得。

次の火曜日 (2/15) に出なおして、契約を済ませた。部屋の鍵と、 駐車場のゲートのトランスミッタを受けとる。メールボックスの鍵だけは、 「部屋の現状確認」と引き換えだと言われた。 確認書の提出を確実にするためだとか。 なんだか、言う事が一々癪に障る。

実際にホテルを引き払って引越ししたのは、2/19 日。 あの不親切な対応のおかげで、一週間遅れてしまった訳。 とりあえずメールボックスの鍵を貰うためにも、 部屋の現状確認をしなくてはならない。 しかし良く見てみると、有るわ有るわ。最初は、キッチンの扉のノブが 4 個所ばかり付け忘れているのとか、洗面所の 6 個並んでいる電球のうちの一個が切れているとか、言わば些細な瑕疵に ため息を着いていたのだけど、さらに良く見てみると、 「ベランダに出るフランス窓のノブが付いていない(ロックできない)」とか、 「洗濯機を置く小部屋のドアの一枚がまるまる無い」とか、 「実はエアコンが全く動かない」とか、言語道断なのがぞろぞろ出てきた。

「なんぼなんでもこりゃあんまりだ」と、件の「確認書」に全部記入して、勢い込んで leasing office へ出むいた。 愛想の良いお嬢さんの方が対応してくれたが、こちらの文句にもけろりとして (良く言えばいつものようににこやかに) 「一両日中に直します」。 「安請け合いしおって…。どうせ、そうすぐには直らないんだろ。」 と思いながらも、 メールボックスの鍵を受け取って、引き下がる。

なんだか、「まずいアパートを選んでしまったかな?」と、 としばらく暗い気持だったけど、翌日本当に作業員が来て直して行った。 ちょっと気持が収まる。それにしても、入居の時点で、 家主側が完成検査らしきものを一切していないのが見え見えで、 「ふーむ、あの評判は当ってる」とつくづく思った。

それでも、ホテルを引き払ったからには、ここで暮し始めなくてはならない。 とりあえず Ikea でベッドとキッチンテーブルを買う。Ikea は「お持ち帰り」が原則なのだが、ワゴン車を持っている同僚が、 親切にもアパートまで運んでくれた。 一番小さい「ツイン」とは言え、私のセダンでは、 とてもじゃないが運べないところだった。ワゴン車でも、ぎりぎり一杯。 クィーンサイズにしていたら、載せられなかったと思う。 その後も、アパートの駐車場からから部屋へ手で運ぶのから、組み立てまで、 一家総出(小さいお嬢さんと奥様も)で手伝って下さった。 まったくもって有難い事でありました。

ベッドを組もうと思ったら、何と足が無い事が解り、急遽また Ikea へ取って返して、その足を別途購入する、なんてハプニングもあったが、 なんとか、その日は新居で寝る事ができた。

翌朝は快晴。いつものように夜明け前に目が覚めてみると、 東の空の日の出前後が感動的な程きれいだった。(アパートは東向き) 評判通り対応は悪いし、いろいろ有ったけど、 この日の出だけでもここへ引越した甲斐が有った(と思いたい:-)


2/17/06 (Fri): 車を買う

今度の赴任では、会社が車を手配してくれないので、自分で買うしかない。 車に趣味もこだわりも無い自分としては、 ずっとレンタカーを借りてくれるのが一番有難いのだが、 そう甘くはなかった。

以前 North Carolina に赴任していた時は、 レンタカーをあてがってもらえたが、家族にももう一台必要だったので、 ボロボロのカムリを買った覚えがある。しかし、これ、安いには安かったが、 ライセンスプレートがどうしても外れない、ドアの閉り方が変、 等から始まって、これでもか、 というくらいつぎつぎに出てくる小さなトラブルに悩まされた。 (ドアの問題は小さくないけど。)

なので、今度は新車にしようかなと。アメリカでは中古車が高く売れるので、 新車も中古も差引した値段はさほど変らないのだとか。 勿論新車の場合は初期投資が大きくはなるが。

新車と決めれば、あとは車種だが、これがまた大変。 こだわりが無いとは言いながら、Honda のファンなので、なんとなく Civic か Accord と思っていた。 Fit の方がもっと良いと思うが、日本の同僚に「そんなの小さすぎです」 と散々だった(これまでは、Life に 4 人乗ってたんだから、小さすぎる筈ないんだけどね。)し、 何より発売が 4 月以降になるんだとか。 じゃあ、という事で、新型の Civic に(スタイルに惚れて)半ば決めていた。 しかし、「それでもまだ小さい」と、こちらでは皆に言われる。 「出張してきた偉い人を載せる事になったら、どうするの?」 「そんな事はまず無いだろう」とも思うが、 気の弱い私は、ちょっと気にはなっていた。

そこに、トヨタのセールスマンからの追い打ち。「2006 年型の Camry を今日買っていただければ、定価から 3,000 ドル引きますよ」 などという(よくある)せりふ。 「アホらしい、その手に乘るかい」と思いながらも、ちょっと計算すると、 Civic の定価より安い…。 安くなるのには勿論理由が有って、2007 年モデルがもうすぐ出るから。 しかし、そんなものにこだわりはないし、で、ついつい食指が動いた。

そのディーラーの場所がよく解らなかったので、 最近そこから車を買ったという同僚に乗っけて行ってもらう。 結果的にはこれが大正解。「決めて帰る」つもりだったけど、まさか、 「決めたら、そのまま乗って帰る」のがあたり前だとは知らなかった。 その場で保険会社と契約して、仮のライセンスプレートを着けて、はいどうぞ、と。 本当はその前に、(セールスより)したたかなファイナンス担当と オプションの交渉をするという楽しい(ウソです) 体験が有るんですが、LoJack と、下手に車を揺すると鳴り出すアラームを除いて、全部の質問に No と答えて何とか追加費用を $1,000 以下に抑える。(それでも、Tax 等を入れると、定価の車体価格程度になってしまった。)

で、結局決めた車種は、 それまで二週間乗っていたレンタカーと全く同じモデル(色まで一緒)。 保守的というか、考える気がないというか…。 弁解するなら、たった二週間とはいうものの、実際に乗ってみて、 ちょっと「これでも良いかな」 と思い始めていたので、自分の体験を重視する妥当な発想とも言える。 が、一方、何せ「軽」 に乗っていたんだから、他のどれに乗ったって「なかなか良いじゃん」 となるはずとも言える:-p

なんて具合に、とってもいい加減に決めてしまったけど、 別に後悔もしていません。 というか、「よくできてるよなぁ、 Camry」と思う事しきり。 エンジン音がとても静かだし、加速は良いし(「軽」と比べるんじゃない:-)、 アンチロックブレーキだし。 ヘッドライトの自動点灯・消灯に至っては「感動もの」です。 いろいろやった失敗の中でも、ライトの消し忘れ、 点け忘れが結構ありましたから。 自動点灯になったら、もうこういう失敗はやろうったってできない訳だ。 あとは、左側通行しそうになった時に警報を出してくれたら文句ないんだけどね :-p。

(3/14/06 (Tue) 追記) なんて、素直に感心しているのは、一重に「要求レベルが低いから」。 なにせ、日本で乗っている(かみさんに乗っけてもらっている)Life と、 10 年以上前に NC で乗っていた、Firebird がリファレンスなんだから。 色々経験を積んでくると不満も出るかも。実際、最近 Lexus に乗っけてもらった時は、ワイパーが自動で速度調節するのと、 バックミラーの隅に進行方向が東西南北で表示されるのに感動、 こういう機能も欲しいよね、なんて思ったりもした。

「始めてのガソリンスタンド」:-) も無事こなして、段々慣れてきた。 ワイパーとウィンカーも間違えなくなったし、左側を走りたい、 という衝動もすこしづつであるが減ってきたし。 満タンで 300 マイル走ったので、燃費もまぁまぁ、でしょう。

しかし、さすがに「なんだかなぁ」も出てきます。その第一は、 「盗難防止」機能があまりにも sensitive で、しょっちゅう鳴ってしまう事。 トランクを強く閉めたり、ドアが他の車にちょっと触れたりするだけで、いきなり 「ふぁんふぁんふぁん」。ったくもう、びっくりするやら、恥ずかしいやら。


2/13/06 (Mon): 何という事はない日帰り出張のはずが…

San Jose へ出張。空港まで自分で車を運転するのは始めてだったので、 かなり早目に出発。私にしてはなかなか良い心掛けであった。 というのはやっぱり迷ってしまったから。 どこの街でも、 空港への道は嫌という程飛行機マークで示されているものだが、San Diego だけは違う。北のほうから 163 号線で行くと、飛行機マークは一つのみ。 指示に従った後も高速に乗ったり降りたり、はなはだ解り難い。 この日は、間違った出口の名前を目指していて降り損ねた。 そしたら、すぐに高速が終って普通の道になってしまった…。 で、結局ダウンタウンを右往左往する羽目に。

しかしこれは単なる序章。

出張の目的はそこそこ果せて、しかも一時間近く浮いたので、(San Jose で案内してくれた同僚にちょっと素気なさすぎかも、という気もしたが)一本早い (飛行機の便も一本二本って数えるんだったっけ)飛行機で帰る事にした。 ちなみに、近距離を飛ぶ飛行機はまるでバスですね。カウンタの ATM のような機械に、何でも良いから手持ちのカードを通すと、boarding pass が出てきて、 これを持ってゲートへ行って、飛行機がきたら、 めいめい乗り込んで自由に座席を選ぶ。 なので、カウンターで「一本早いのに変更したい」と言うと「やればぁ」 という感じで「ゲートへ直接行って、空きがあれば乘れ」などと言う。 (まさにバスだね。)

しかしそのゲートへ行ってみると、その便は既に 55 分遅れる予定で、さらに遅れそうなので、もともとの便(8:15 発) が一番早いだろう、との事。なので、変更はやめておく事に。

一時間あまりのフライトの半ばあたりだったか、ぼんやりしていて、 最初の方を聞き漏らしたが(真剣に聞いていても分ったかどうか甚だ心許無いが) 、なんでも、San Diego に着くのは真夜中過ぎなんだとか。 霧でどうのこうの言ってるので、真夜中まで空中で旋回しているつもりか? (Die Hard 2)とも思ったけど、さすがにそんなはずはなかろう、 きっと、自分の聞き違いさ、と勝手に納得。 程なく着陸したので、「やっぱり聞き違いだったか」と安心しかけたが、 何だか様子が違う。Ontario へようこそ!なんて言ってる。ここはカナダか? さらには出口で整理券をもらって、バスを待てなんてことも言ってる。 あっちゃー、さっきの真夜中というのは、このバスが着く時間だったのか。

幸い飛行機では前の方に座っていたので、14 番の整理券をもらった。 これなら最初に来るバスに乘れるだろう。何となく、baggage claim を出たらバスが待っていて、なんて予想していたけど、ここは米国、 そんなに手際良く行くはずがない。 一時間近くも、ただっ広くて椅子もないようなところで待たされて、 やっとバスが来た。1 番から 40番の番号を持っている人は乗って下さいだと。 良かったぁ。後の人には申し訳ないけど。 (しかし、実は申し訳ないどころか、お金を払ってでも、 後の組に入るべきでした、この場合:-)

「Canada へようこそ。」 なんていう運転手さんの笑えない冗談を聞きながら出発。 所要時間 (ETA?) は 2 時間弱との事。しかし、出発してから約 30 分くらいでバスが止まる。 バスの運転手さんは、そのバスのオーナというか、 他にも何台かバスを持っている会社のオーナなんだとか。 さすがに客あしらいは手慣れたもので、すぐ状況説明をしてくれる。 「何とかベルト(fan belt?)がいかれたようなので応急処置をした。 多分これで大丈夫だろう。」との事。 うーん、これまで大型バスの故障に乘り合わた事はないけど、 こんな事もあるのかな?

しかし、しばらくして、また停車。今度はしっかり壊れてしまって、 修理しないと動かない、との由。あんまり「しらっ」と言うので、 最初は冗談かと思った。よりによって、Ontario と San Diego のほぼ中間で故障。代りのバスがどちらから来るにしても、1 時間はかかる。 運転手さん「それよりも、この夜中に、 大型バスが手配できるかどうか心配」とも。 それはそうでしょうなぁ。でも、何とかしてくれなきゃこっちが困る…。

運転手さんは(乗客への申し訳のつもりか)携帯に話すときはかなり大声で、 バスの手配をしているらしい事がわかる。 が、なかなかバスは見付からないみたい。「South West(航空会社)はどうした。 彼らは何もしてくれないの?」と思う。

そうこうしている内に、ぽつぽつとタクシーが表われて、 何人かづつ相乗りで、帰っていく。こちらは、なかなか連れもできず、さりとて、 一人で乘るのもはばかられて、ひたすら交代のバスを待っていた。

バスの中はバッテリが上るのを恐れてか、電灯を消して真っ暗。 そのせいもあってか、皆さん、バスから降りて、夜気に当ったりしている。 こちらは明日に備えて寝ておこうと思うが、 そううまい具合に寝られるはずもない。 (うっかり、コーヒーを買って飲んでしまったせいも有る。) そのうちに、運転手さん曰く「今、Qualcom の人が友人を拾いに来ているが、 あと二人程同乗させても良いと言ってる」。 その後その「親切な人」(東洋系の若者)が乗ってきて、自分達は UTC の方へ帰るが、途中の人を載せてあげる、との事。 近くに座っていたインド系アメリカ人が、早速手を挙げて交渉成立。 私はバスを待とうと決心していたはずが、何故か急に「帰りたい」 という衝動にかられて、手を挙げて「Mira Mesa Boulevard まで帰る」 と言ってみるが「そんな所は行かない」とすげなく断わられた。(UTC とは、実はさほど離れていない。その時は自信がなかったが。) まあ、あまり期待していなかったし…、でもちょっとがっかり。 なんて考えていると、先程の親切な若者がまた帰ってきて「Mira Mesa は途中らしいので、乗っけてあげる」との事。どうも、 あのインド人が取り成してくれたらしい。

簡単にお互いを自己紹介してから出発。Collora クラスの小形車らしいが make は良く解らない。とにかく飛ばす飛ばす。 平均で、100 mph (マイル時)くらいは出てたのではないか?深夜の I15 はガラガラで、あまり危険は感じない。 ただ、こんなに速いと私の(夜間の動体)視力では、 途中の道路標識(行き先表示)が殆ど読めなかった。 車の中では、前の若者二人と、インド人がキャリアの話をしている。 このインド人、ジャージ姿で飛行機に乗っていたにしては、昔は MIT の先生をしていたらしい。前の二人は、 Qualcomm とは言うもののエンジニアではなく、 企画のような仕事らしい。インド人の話す英語は比較的良く解るが、 前の二人のはさっぱり。 私の英語と喉が酷くて、あまり会話がなりたたないので、 三人ともすぐに興味を失なったらしく、 ほっておいてくれた。三人の間では、新しいビジネスの可能性の話で盛り上る。 でも内心「時速 100 マイルで走りながら、そんなに話にのめり込むんじゃない」とハラハラ。

まあしかし無事に I15 を降りて、インド人のお宅にたどりつく。 Thank you! You are welcome! なんてのをやりとりして、 ふと私の身の上の話に。ドライバ達はやっぱり Mira Mesa は走った事ないし知らない、と言う。うっへー、これ以上道に迷ったりしたら、 どうしよう…。 すると、インド人が「問題無い。私が送っていくから。」 と言い出した。 礼を言うと「なあに、すぐそこさ」。(ちょっと誤解していたふしもある。) 二人を送り出した後、お宅(かなりの豪邸)に招き入れてくれた。 もちろんガレージには内側からしか入れないからだが、 「お茶でも飲んで行くか?」なんて言う。 もう午前一時を回っていたし、これは辞退する事に。(辞退は大正解。 彼は家族と住んで居て、我々は奥さんを起こしてしまったらしく、 後で車に電話してきた。) 車は、Honda の Hybrid の Accord。 豪邸に比較すると、かなり質素ではある。でも、静かでスムース。

私の説明が下手だったのか、彼が勝手に思い込んだのか、どうも I15 と Mira Mesa の intersection の近くの Marriott だと思っていたらしい。 私の帯在先は、実はさらに、そこから 10 分は先の別の Marriott。 それが判明しても「ま、それでも 5 minutes drive さ」とあくまでうららかなインド人。5 分はちょっと楽観的すぎるけど、この辺までなら自分でも来た事あるし 「着いたも同然」と思った。 しかし、まだちょっと甘かったみたい。 少し走るとすごい濃霧がたちこめてきた。 殆ど前が見えない。信号も殆んど真下に来てやっと判別できる程。 まあ、そのせいで飛行機が着陸できなかったんだから、無理も無いけど、 ここにきてまだ祟られるとは…。普段なら 5 分もかからない道を、30 分近くかけて、やっとホテルに到着。 お礼の言いようもない程感謝していたけど、私の英語では Thank you どまり。 ("very much" をちゃんと付けたかどうかも怪しい。) 感謝に絶えない旨もごもご言ってると、 インド人は笑ってそれを遮って帰っていった。 (そう言えば、お釈迦様もインド人だったなぁ、と脈絡もなく思い出した。) あの濃霧の中、無事に帰り着けたかしら。

部屋にたどりつくと、もう午前 2 時近い。それでも明日は早起きして、 空港に車を取りに行かねば。 散々な一日だったけど、人々の親切に触れる事ができて、 とてもハッピーな気分でありました。


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Taka Fukuda
Last modified: 2009-03-14 (Sat) 17:55:53 PDT