われもかう通信

(仮想起業日記)

目次

2012-12-29 (Sat): 退職して悠々自適の筈が……
2012-10-13 (Sat): "Steve Jobs" と「もしドラ」
2012-09-08 (Sat): "Steve Jobs" と "What Killed the Linux Desktop?"
2012-09-01 (Sat): 故きを温ねて……(その 3)
2012-08-25 (Sun): "Steve Jobs" と「高慢と偏見」
2012-08-08 (Wed): "Steve Jobs" とヰタ・セクスアリス
2012-06-09 (Sat): 故きを温ねて……(その 2)
2012-06-03 (Sun): 故きを温ねて……(その 1)
2012-04-21 (Sat): 得物は切れさえすれば……(その 2)
2012-04-14 (Sat): 得物は切れさえすれば……(その 1)
2012-04-08 (Sun): ビジネスモデル(その 5)— それでも特許しか無い……
2012-03-21 (Wed): ビジネスモデル(その 4)— 特許は SRD の味方か
2012-03-10 (Sat): ビジネスモデル(その 3)— 剣客商売
2012-03-03 (Sat): ひなまつりと Windows
2012-02-25 (Sat): ビジネスモデル(その 2)— 恒産無き者は……
2012-02-11 (Sat): ビジネスモデル
2012-01-28 (Sat): オタクの断捨離
2012-01-21 (Sat): Jobs に続け!

2012-12-29 (Sat): 退職して悠々自適の筈が……

実は、11月末付けで、9 年間お世話になった某社を退職した。 「離職票」にあるとおり「希望退職の募集に応じた」のだが、 定年まで一年を切っているので、ちょっと早めの定年退職、と考えられなくもない。 なので、「なんでまたこの時期にわざわざ……」と驚き、訝り、また、 怒る向きも有ったようですが、 それはまあ色々ありまして……実は自分でもよく解っていないので、御勘弁を。

そういう訣で、リストラされた「失業者」(「求職者」?) となって、もう一月近くになる訣だ。 最初の 1週間は長かったけど、次の 3 週間は、 あっという間だったような気がする。 さぞかし好きなように本が読めるんだろな、と期待していたが、そうでもない。 失業者は結構忙しいのである。いや、「結構」どころか、大変に忙しい。 (で、今年も年賀状は最後の土壇場になってやっとでっち上げた。 今年こそ自分で絵を画いて……なんて「大構想」はまさに画餅で終った訣だ。)

忙しいと言っても、やるべき事が沢山有るからなのか、 自分がトロくなっているせいなのか、よく解らない。 いや、認めたくはないが、どうやら後者が勝っているようだ。 (実際、この数年、都心に出て一日に二つ以上の事をやろうとすると、 大抵どれかが不首尾に終る。) そういうスローモー親父が、フルリタイアメントかセミリタイアメントか、 はたまた、仮に後者だとして、 では独立起業か再就職か、 という(自分にとっての)大問題に「当り」をつけようというのだから、 「大忙し」と感じても無理はない。

しかも、そう感じる別の理由もある……人と会う事がやたら多い。 宴会も含めると、殆ど毎日出かけては人に会ってたのではないだろうか。 もともと知らない人と会うのは億劫な方なので(いや、ホントですって) それで余計に「大変」と感じるのかも知れない。 それに「師走の路頭に迷ってるんですよ」と自分で言った冗談が、 冗談でなくなりつつあるのでは、という危機感も…… というか、「まんま」そうなってますよね。

でも何故かこのごろはそれがあまり苦にならなくなった。 必要に迫られているからか、はたまた還暦近くなって厚かましくなったのか……。 ついには、大学の先生(初対面)のところへ押し掛けて、「研究計画」を議論する、 というところまで行ってしまった。大胆というか夜郎自大というか、 我ながら大したもんだ思う (気さくに相談に応じて下さった S教授には本当に感謝しています。) 尤も、肝心の「計画」の方は、(当然ながら)「もっとよく詰めましょう」 という結論に終ったのだった。

という事で、客観的な進捗状況としては、ちっとも進歩も変化もしていないのだが、 自分の中では大分「当り」がついてきた — もっと有り体に言うと開き直れるようになってきた — ような気がする。


2012-10-13 (Sat): "Steve Jobs" と「もしドラ」

実を言うと、表題の「もしも高校野球の女子マネージャがドラッカー……」はおろか、 「ヰタ・セクスアリス」も「高慢と偏見」も読んでいないんですけどね。

それはともかく、無事(やっと)"Steve Jobs" を読了(今度はホントに。) 「Jobs に続け」は、もし自分に起業するような事があったら、 少しは参考になるかな、という期待も込めての事だったが、 しかし、結論から言うとちっとも参考にならなかった。

勿論、今や世界最高価値?の企業の話が、仮想 SRD 企業創業の参考になる筈もないが、それは措いても、 読み進むうちに Jobs さんへの「何だかなあ」はつのる一方だった。 その「何だかなあ」は、 少々嫌気が差してきたせいでダラダラ読んでたこともあり、 かなり漠然としたものだったが、最終章にきて、 ようやくフォーカスが合ってきたような……。というか、"Einstein" を読み始めたらこれが面白くて、こっちには「もう早くケリを付けたい」 となったのかも。

「勝てば官軍」もしくは Hallo 効果

そもそも、Isaacson さんが、Einstein の伝記に続いて、 Jobs さんのを書く気になったのは、

Was he smart? No, not exceptionally. Instead, he was genius. His imagination leaps were instinctive, unexpected, and at times magical. ...... Like a path finder, he could absorb information, sniff the winds, and sense what lay ahead.

Steve Jobs thus became the greatest business executive of our era, the one most certain to be remembered a century from now. History will place him in the pantheon right next to Edison and Ford. More than anyone else of his time, he made products tht were completely innovative, combining the power of poetry and processors. With a ferocity that could make working with him as unsettling as it was inspiring, he also built the world's most creative compnay. And he was able to infuse into its DNA the design sensibilities, perfectionism, and imagination that make it likely to be, even decades from now, the company that thrives best at the intersection of artistry and technology.

のあたりから伺えるような或る種「尊敬の念」を抱いたからではないか、と思う。 しかし、これはちょっと買い被り過ぎではないだろうか。

まっとうなタイムスパンやパースペクティブの中に置いてみると

その上 Jobs さん自身も、日本の大企業の経営者が言いそうな事を言い出す……

My passion has been to build an enduring company where people were motivated to make great products. (p.567)

しかしねぇ、Apple が我世の春を謳歌しているのは、まだここ十年程の事なんだよね。勿論、Jobs さんが「成功を極めた」と感じても当然だし、それに値する成果を上げている、 と私も思う。中でも、iPhone で携帯電話業界を席巻したのは奇跡、とさえ感じる。 だけど、IBM や、HP や、Microsoft を見下すのはちょっと早いのではないかなあ。

第一、Apple の市場占有率なんぞ、かつての IBM がメインフレームの市場で築いた絶対的な地位に比べれば、その足許にも及んでいない。 成程、かの有名な 1984 CM はその権威を突き崩す事を宣言したつもりかも知れないが、 しかし、実際にそれをやり、かつその実を取ったのは Microsoft だった。(その OS/2 にかかわる顛末はあんまり感心しないが——どう贔屓目に見ても騙し討ちやで。) で、その Microsoft には、PC OS の市場で未だに大きく水を開けられている。iOS も Android の 1/2 程の市場占有率に過ぎず、iPod については、市場をほぼ独占しているとは言え、 所詮小振りな商品でしかない。

第二に、そのやり方で、「会社の寿命 30 年説」を乗り越えられるか。IBM の Aker さんや、Microsoft の Balmer さんを「技術(Products?)の人ではない」 と切って捨ているが、しかし、御自分も然程「技術の人」では無かったようだし、 何よりも、後継者の Tim Cook さんが、然程 "Product Oriented" でないのは、御自分も認めるところ。 つまり、「独占」状態を維持しようという段になると、CEO は必然的に「能吏タイプ」(もしくは、セールスマン・タイプ) にならざるを得ない、という事のようだ。 で、IBM/HP/MS 並に繁栄(独占?)を続けられるのか、となると、 それはまだ殆んど未知数で「まあ頑張れば、ひょっとしたら」というしかないレベルだろう。

End to End Control?

これはそもそも実現できているとは言い難いし、 なによりそれは「後付けの哲学」だろう。 Apple II までは、Open Architecture だったし、Wozniak さんはそれを当然の事としていた。Jobs さんは Macintosh でその方針を転換して、しばらくの間 Closed Architecture (?) を維持したが、ビジネスとしてはとても成功とは言えない。 私を含む Mac ファンは「MS のマーケティングにやられた」とよく言うが、 (それに一片の真理は有るにしても) 同時に「割高」「陳腐化が早い」「安定性が今一」等という不満も持っていた。 つまり、ファンにとってさえプライスパフォーマンスにおいて劣っていたのであって、 シェアの低下には実質的な理由が有った訣だ。

つまり、End-to-end コントロール、もしくは Closed Architecture は普遍的な理想等ではなく、 むしろうまく行かない事が証明されていた、というべきだろう。 しかし iPod, iPhone の大成功によって、 これら Jobs さんの持論が尤もらしいものになってきた。 しかし本当にそうだろうか。

後付けの議論や生煮えの哲学を剥ぎとってみると、Open か Close か、はたまた end-to-end control かそうでないか、などという大層なものではなくて、 要は OS が複数の H/W platform に乗るかどうかという事に尽きる。 そう考えれば、今スマートホンやタブレットで起きている事(iOS vs Android)は、 初期の PC で見られた歴史(MacOS vs MS-DOS/Windows) の繰返しに過ぎないだろう。 で、今回また Android の優勢が確定しつつある……

MacOS X のファンとしては、何ともやりきれない成り行きであるが、 同時に、法則に沿って歴史が繰返しているのであり「まさに何の不思議もない」 顛末であるとも思える。 むしろ不思議なのは、初期の MacOS, 現在の iOS が、独占には至らないまでも、ある程度の成功を治めている事の方だろう。

Jobs さんの貢献

思うに、その両者にある共通点が限定的成功の要因で、それはデザインと UI ではないか。さらに言うと、Jobs さんの貢献はこの二つの面で(子供っぽいとも言える程) 独裁者的な権力を揮って、斬新かつ統一のとれたものにした事に尽きる。 (あと敢えて付け加えるなら、製品ラインを絞った事、くらいか。)

その他の面では然程差別化ができているようには見えない。 アンテナゲート(iPhone 4 のケースの一部を手で触ると通話がとぎれる問題)や、MobileMe でのすったもんだで典型的に見られるように、 「普通」のユーザに見えないものは Jobs さんにも見えていず、 不十分な製品やサービスを市場に投入して批判されてから気がつく為体になる。 この本には MobileMe の不評を知らされた際、激怒して開発チームを集めて口穢く罵る場面が出てくるが、 独裁者としてはその前に自分の不明を恥じるべきだろう。

望むらくは……

と、まあ、Isaacson さんの「買い被り」を正すような事(つまりは Jobs さんへの批判)を書いてきたが、別に貶したくてそうしている訣ではない。 むしろ MacOS X のファンとしては、Apple が不調になってもらっては困る。 なので言いたいのは、Jobs さん無き後の Apple は、end-to-end control なんて無理押しを推し進めようとしないで、また、 独占企業がやりがちな「市場のコントロール」をしようとしないで、OS と H/W を共に供給するベンダとしてのメリットを追及すべきではないか、という事。 すなわち 超エクセレントカンパニー(なつかしい!)になった Apple が、そんな「オタクに優しい企業」になる訣ないよな、 と思いつつ「我田引水」をやってみた。

2012-09-08 (Sat): "Steve Jobs" と "What Killed the Linux Desktop?"

という訣で、MachTen のおかげで、My Unix WS (有り体に言うと Linux PC?) に惹かれて行くのだが、財政的には、ずっと Apple さんに貢献し続けている。 つまり、自分は安い PC に乗り換えたものの、家族向けには Mac を買い続けた、という事。840 AV(これは、米国の某部署から「貰って」しばらくラボで使った)、 PowerBook (これは重かったなあ)、 Bondi Blue の iMac、帽子型の iMac、 Mac-mini, PowerBook, etc. etc.

その「お金を掛けずに」始めた Linux 生活、 最初の Linux 機は、自作 PC (どんなマシンだったか、どうしても思い出せない)だったような気がするが、 ひょっとすると N 井さんに頂いた「チャンドラ」の方が先だったかも知れない。 そのうち、694D (Pentium III の Dual CPU) に変って、以降ずっとこのままだったが、 マザーボードは件のケミコンの液漏れで途中で交換している。(これも N 井さんに頂いたのだった。) チャンドラの後も、 ThinkPad 240X (220X だったかも), X22, X23, X200 等を買っては、Linux とデュアルブートにしていた。デスクトップで Mac がメインになっても、 Laptop の方は Linux だった。ずっと古い Laptop を自宅サーバにしてきた事もさる事ながら、ThinkPad の方が、PowerBook より使いやすかったからだろう(実は格好良かったから。)

Linux は RedHat, Fedora, Ubuntu と移ってきている。

その Linux で何をやってたか……御多聞に漏れず、自宅サーバ、数値計算、C によるネットワークプログラミング……と書ければ格好良いが、 実は、ネットワークプログラミングは Python でやってみたら、その方がずっと簡単な事が解って、 それ以降 C は殆んど触った事がない。 しかし、その他にも無限に時間を吸い込む要素が有って、 H/W が新しくなったり、はたまた Linux が新しくなった際に「環境を構築する事」がそれ。 一般的なインストールもさる事ながら、 「ISDN でインターネットに継げる」「音を出す」「TV を視る」「ビデオ (DVD) を視る」「WiFi でネットワークに継げる」などがとても大変だった。 しかし、もっとツラかったのは、そうやって大変な思いをして、 なんとかうまく動くようにできたとしても、 その内まただめになる例が多い事だった。

そう思っていたのは私だけではないようで、最近読んだ Miguel de Icaza の "What Killed ..."にも同じような事を(勿論、より高尚に)嘆いていた。 どうやらその著者も、MacOS X に鞍替えしたらしい(私のように出戻りだったかどうかは解らない。 その論文の中で、さらに Klint Finley, "OSX Killed Linux"に言及している。) Miguel さんの記事はかなり散漫でうまく要約できないが、つまりは、 デスクトップやデバイスドライバの仕様や実装がころころ変るのがまずい、 敗退の原因だ、 という事のようだ。私の不満は主にデバイスドライバだったが、 そう言えば、Fedora や Ubuntu のデスクトップ(とりわけ「かな漢字変換」の I/F)の激変ぶりには閉口してきた記憶もある。(正直なところ、 Unity は好きになれない。)

それでも、San Diego へ赴任してからも、新しいデスクトップ機は Linux マシン(要は PC)にしようと思っていた。が、ひょんな事(注文した後、送金に失敗し続 けて)から MacPro になったのだった。なので、上の Miguel さんのように、大した比較検討をしたわけではなく、 ましてや「良心の呵責」等は無かった。

考えてみれば、Gnome や Unity の開発者ならいざ知らず、普通の Linux/Unix ユーザにとって OSX への乗り換えは、そんなに大袈裟な事ではない。Mach カーネルに、FreeBSD ベースの OS というか基本コマンドが揃っていて、X11 サーバ (X11.app) も供給される。 その上、Unix コマンドをさらに最新のものにしたければ MacPort が有る……となれば、 デバイスドライバやデスクトップ環境がより充実した Unix (Linux) ワークステーション、と見る事もできる。 そういう観点からは、拡張性も充分有り、 オープンソース・アプリとの相性も良くなってきた MacPro + OSX は今のところ最適な解だろう(と自画自賛。)

しかし、一方 Apple 純正のアプリケーションは(Microsoft 製よりはマシだとしても)それ程のものではないような。Safari が Firefox を超える日は多分来ないだろうし、Xcode は本当によく落ちる。iTunes は最近安定性は改善されたものの、 「階層型ファイルシステム(?)」の概念を捨ててしまったのは犯罪的だろう。 Time Machine は、バックアップ・ディスクが一杯になって、 古いファイルを消去するようになると途端にコケた……云々云々。 むしろ、Jobs さんの念頭になかったであろう Preview や Terminal 等の、地味な Apple アプリ、オープンソースの Firefox, Emacs, Python, Aquaterm 他によってこそ Mac H/W + OSX は有難いものになっていると思える。

Jobs さんの end-to-end コントロール、つまり H/W から OS、はたまたアプリケーションまで proprietary で固める事によってのみ最高の「ユーザ体験」が実現できる、 なんてのは、現実にそうなってないし、また、 そもそも実現不可能な「望み」ではないか。 むしろ、そんな信念からしたら、見落しや目溢しにあたるような努力 (上述の Open Source ツールとの互換性の改善・確保他) こそが、少くともプチオタクの「ユーザ体験」を改善しているのは間違いない。 (やっと話が "Steve Jobs" に継がったよ。) つまり、end-to-end control は、iPhone/iPod の成功体験からの「後付け」に過ぎないだろうから、Mac については 「H/W から OS」くらいまでにしておくのが得策ではなかろうかと思う。


2012-09-01 (Sat): 故きを温ねて……(その 3)

J. Proakis, "Digital Communications", 5th ed.

"Eb/No" とか、"Bandpass Signals" 等という言葉に「あたり」をつけたくて、 l995 年にこの第 3 版を買ったのだが、ちょっと甘かった。 つまり、ちっとも解った気がしなかった。 しかし投げ出すのも悔しいので、前回の SD 赴任の際には持って行く事にした。 すると、赴任先ではこの本にあるような表記法を駆使する人が何人か居て、 「しめた」と思うと同時に「畏敬の念」を感じたものだった。 が、しばらくつきあってみると、あんまり親切に教えてくれる訣でもないし、 何より実際の回路の解析とか設計の段になると、 時々とんでもない事を言い出したりする。

broken Proakis
Proakis 惨:「のど」が Hollow Back
の弱点なのは先刻承知なのだが……
なので、また自分でも読んでみようという気になった。 で、大分頑張ったのだが、しかし、どうしてもよう分らんところがあるし、 何よりちっとも面白くなってこない。 そういう折に、Amazon.com で同書の書評を覗いたら、結構厳しい評が有った。 曰く、「総花的で説明が雜。教科書というよりハンドブック?」とか。 だいぶ嫌気がさしてきているところに、こういう書評に出あうと、 これは「投げ出すためのお墨付き」をもらったようなもので、 いつのまにか読むのをやめてしまったのだった。 おまけに、何度も太平洋を渡ったせいか、 ノドのところがぱっくり裂けてしまった。 (多分最後の米国⇒日本の移動で止めを刺されたのだと思う。)

最近になって、第 5 版が出た。Amazon の書評もかなり好意的。今度こそ、と食指が動くが、 いかんせんバカ高い。どうしようかなぁ、 とためらっているうちに、ペーパーバックが出た。 値段がハードカバーの 1/3 だとか……、思わず Amazon.co.jp の購入ボタンを押してしまった。

またそのまま「積読」になる見込みが大だったが、 最近会社で「変調方式」だ、それの「最適受信機」だ、 という話題が出てくるので、 自分の「解っているつもり」をチェックするために少し読んでみた。 内容が相当変っていて、章立てさえ元のままではない。 なので、対応箇所を探すのが大変だが、 かつて歯が立たなかったところの幾つかは、 かなり分りやすくなっているように思う——例えば (新版の)§2.1 等。

ただ、ペーパーバックにした事は良かったのかどうか……。 例によって、古くなるとバキッと割れるかも、という懸念もあるが、 さすがにもう二十年先までの心配をする必要もないだろう。が、1150 ページも有る本なので、用紙が薄くなり、かつグニャグニャしていて、 ページをめくるのや持ち運びが面倒で、かつ裏写りが気になる。 なので全体が少々厚くなっても、用紙が厚い方が良い気がする——次節の "Learning Python" 参照。

M. Lutz, "Learning Python" 4th ed.

Python は python.org の documentation だけで、 学習するにも、時々参照するにも充分……の筈であるが、 実際には「これ結局どういう事なんだろう」とか「要はどんな風に使えば良いの」 と思う事はままある。(私にとっては、re module や with の使い方等がそうだった。)

で、最初に買ったのが、Lutz さんの "Programming Python" (PP) 2nd ed. だった。しかしこれ、やたらに長い(1250 ページ。) 「ある嵐の晩に、急遽ファイルを圧縮する必要が生じて……(だっけ?)」 から始めて、物語風?:-) に話が進むのだが、それを全部辿るには根気(と英語力) が全然足りない。 で、M. Lutz & D. Ascher, "Learning Python" (LP) 2nd ed. に逃避。 こっちは 360 ページくらいの程良い厚さの本で重宝した。

broken Proakis
"Learning Python" 2nd & 4th ed. (この急激な成長ぶり!)
下は、M. Summerfield, "Programming in Python 3"
が、Python-3x をカバーする LP が出てみると、それが一挙に 1160 ページになっている(左図)。「これじゃあ PP に追い付いてしもうたやんけ」である。しかし、一方の PP の 4th Ed. は今や 1600 ページも有るんだとか……まったく、Lutz さんにかかると、本がとんでもなく厚くなる、という事のようだ。

でもまあ、やたら厚くても、O'Reilly さんの製本は好感が持てる。 用紙が厚くてツヤを抑えてあるので、持ち運ぶ事を考えなければ、 上の Proakis 5th ed. よりずっと扱い良い。

それにしても、最近また人に Python の手解きをしていてつくづく感じるのだが、 python.org のドキュメント(上記)は非常に良くできている。 その Tutorial を良く読んで、詳しい事はその Library Reference を参照する、というのが一番効率的なのではないだろうか。 (こんなに厚い本は必ずしも必要ない、という事。) また、 python.jp の日本語版も大変読みやすいと思う。 (自分が習い始めた頃に、これらが有ればなあ、とつくづく…… 翻訳をして下さっている方々には本当に感謝致します。)


2012-08-25 (Sat): "Steve Jobs" と「高慢と偏見」

"Steve Jobs" をようやく読み終えた。やっぱり凄いねぇ Isaacson さんは。"Einstein" の Audiobooks も買ってしまったよ(紙の本は前から持っている。) 凄いというのは、記述が客観的かつ周到で、安易な神格化や礼賛に陥ってない事、 またそれでも読後に「やっぱり Jobs って大したものかも」と思わるせあたり。

一方で、Isaacson さん、私の Jobs/Apple に対する漠然とした不満や反感を、きちんと形あるものにしてくれた。 曰く、

(p.563) The downside of Jobs's approach was that his desire to delight the user led him to resist empowering the user.

うーん、そうだよね(言われてみれば :-)

これらは具体的には、iPhone や iPad への「懸念」であるが、 私自身は、Isaacson さんが最初に言うところの「ユーザに権限を与えない(empower しない)という欠点」を Mac について感じていたのだと思う。

先の記事で書いたように、SE を買って、ようやく "Mac User" になったものの、GUI に感心した後は然程「のめり込んだ」記憶もあまり無い。 それは多分、その上でプログラムする事が非常に面倒だったから、だと思う。 自分にとってコンピュータとは飽く迄プログラムを作って走らせるためのもので、 買ってきたアプリケーションを使うだけでは飽き足らないのだった。 尤も、GUI に徹するならプログラミングの敷居が高くなるのは無理ない事で、 その GUI に関して言えば、確かに Mac は優れていた。先の 9845T は GUI ベースではなく、せいぜい「グラフィックを表示できる」レベルで、 しかも、その描画速度は、簡単なグラフを表示するのに数秒かかった (レーザ・レーダの A-scope—高々 1000 ポイント—をプロットするが目で追えるくらい。) そんな前のモデル (1979) と比べるのは不当、という事であれば、 ちょっと後の Windows 3.x と比べても良い。洗練の度合いは「格段」に違うと言えた。

HyperCard を切ってしまった!

そんなギャップを埋めるため?かどうかは知らないが、 「どうしてもプログラムをしたい病」のアマチュアハッカーのために、 HyperCard が有ったのかも知れない。で、すっかりそれに嵌ってしまった。 HyperTalk によるプログラミングに嵌っただけでなく、 そうやって作った「スタック」をよく利用し続けた(今でも使っている。) そんな風に HyperCard に嵌ったのは私だけではなかったようで、 雑誌に HyperTalk の「十行勝負」とかいう読者参加の企画が盛り上る程だった。

「プログラミング言語」としても画期的、しかも Mac の売り上げを押し上げている筈なのに、Apple 社内では然程支持されてなかったようだ。 「重ね合わせ可能な Window」の発明者である Bill Atkins の設計になるのに、Multi-Window 対応になるのは、発売のかなり後だったし、 熱望されたカラー化や多国語化も何だか「お茶を濁した」 程度の対応しかしなかった、という印象が有る。Wikipedia の "HyperCard" によると

Apple itself never seemed to understand what HyperCard's target market for users should be. Project managers found it was being used by a huge number of people, internally and externally. Bug reports and upgrade suggestions continued to flow in, demonstrating it had a wide variety of users. Since it was also free, it was difficult to justify dedicating engineering resources to improvements in the software. It was not lost on Apple or its mainstream developers that the power HyperCard gave to people could cut into the sales of ordinary shrink wrapped products.

だからだそうな。ったくもって「User's delight が第一」だなんてよく言うよなぁ、である。実際「Jobs の居ない Apple なんか、唯の儲け第一の会社やんけ」と思っていた。 で、Jobs が Apple に復帰した時、HC Fandam は HC の復活もしくはそれへのテコ入れを多いに期待したのだが、 その Jobs の散々気を持たした挙句の回答は「HC 開発チームの解散」だった。 ……くそったれ!——Jobs 自身の言葉を借りた。(この節は敬称略になりました :-)

拡張性のある Mac こそ……

もう一つの「ユーザに権限を与えない」の例は、 「拡張性・互換性を無視する」だろう。 前にも書いたが、SE ⇒ SE/30 へのアップグレードは有ってしかるべきだったと今でも思うが、 勿論実際にはそんな事は起きなかった。 しかし、その後(Jobs が Apple を追われてから?) 少しは拡張性が有る、もしくは、 少くとも「筐体を開ける事ができる」モデルが出てくる。 中でも、IIcx や IIci には随分そそられたが、 結局手が出なかった(有り体にいうと財政が許さなかった。)

Quadra 700
Quadra 700
でも、とうとうその後継の Quadra 700 を手に入れた。(1992 年?) これも個人輸入。HDD のアクセスランプが点かないとか、一緒に買った 17" color display が、 着いた時点で CRT の部分がおじぎする形で筐体にヒビが入っていたり (梱包のまま落としたに違いない; 勿論電源入らず) と色々ありました。 アクセスランプの件は、結局 LED の逆挿し。 (ったくもう……。"end-to-end control" だなんてよく言うぜ。) また、Display の方は送り返して、15" の縦型モノクロディスプレイと交換した。

これは良かったねえ。"Jurassic Park" に起用されたのでも分るように、 デザインが素晴らしい。そこそこパワフル。しかも、拡張性がある。メモリや HDD を追加できたのもさる事ながら、CPU (MC68040) を 25 MHz のものから 50 MHz にアップグレードできたのが嬉しかった。 (勿論サードパーティ製だったが。) モノクロとは言え 16 階調になったディスプレイともども、 「うっとり」状態だった。

しかし、一方で HyperCard は、なかなかそれらの H/W を生かしきれない……例えば、ディスプレイがグレースケール可能となったのに、 HyperCard の方は白黒(二値)のまま(今でもそう。) 勿論、初めて組込みとなった Ethernet を活かしたプログラミングなんて、 夢のまた夢と見えた。 そんな時に出会った Tennon の MachTen はまるで悪魔のささやきのようで、 すっかり魅了されてしまった。なにしろ FreeBSD-4.4 が走るのだから、 C のコンパイラが即走る環境がついてくるのは勿論、TCP/IP の socket programming? ができてしまう。 あたり前かも知れないがとっても感心した。 こうなると、Linux へなびくところまではもう半歩もない。

という訣で、一旦 Apple/Mac を離れるのだが、つまるところ、S/W でも H/W においても、ユーザに権限を与えない(empower しない)ところに飽き足らなくなった、という事だろう。 で、その方針(私には単なる「狭量さ」としか思えないが)、Jobs さんに打ち出されて、かれが放逐されてから一旦それが緩みかけたが、「出戻ってきた」 Jobs さんによってより徹底された、となろうか。


2012-08-08 (Wed): "Steve Jobs" と「ヰタ・セクスアリス」

このブログ?の最初のお題が「Jobs に続け」だから、 この伝記をもう半年以上読んでいる事なる。実はまだ 1/4 程残っているが、あんまりのんびりしていると、 初めの方を忘れてしまいそうなので……

実は、著者の Isaacson が書いた伝記は他にも持っていて、なんとそれは "Einstein" だったりする。だから、"Steve Jobs" も同じ著者の手になると知った時は、へー、Steve Jobs さんてそんなに偉かったのかぁとちょっと驚いた。

しかし、実際に読んでみると、若い頃の Jobs さんは単なる「いけ好かん奴」だね(関西弁でいう「いちびり」でんな。) 要は遠い国の我儘アンチャンの話で、ちょっと勘弁、もういいかな…… なんて思って投げ出しそうになった事もあった。 でも、Mac が出てくると、いきなり話が身近なものに思えてくるから不思議。 ともあれ、恒例の「年寄の昔話」から……

原始時代

今時の人は物心がついたときから TV や PC が有るのは当り前だろうが、 年寄には実はそれが当り前ではない。 大学に入ってからようやくコンピュータなるものに触れたが、それは PC ではなく「汎用機」(某大学は ACOS)の事だったりする。 それも、言語は FORTRAN 一本で、入力はパンチカード、出力はラインプリンタ。 使えるメモリは「Job」にもよるが、吾々が使えたのは確か 250 kB くらいだった(MBの誤りではない。) 計算時間にもクラスが有ったが、そっちはよく憶えていない。

そのパンチカードだが、 カード一枚が、プログラムの一行(80 桁)に当って、1000 行(枚)だと、20 cm くらいの厚さになる(スタック)。それを生カードが入っていた段ボール箱に入れて、 キャンパスにある計算機センターにある靴箱を大きくしたような箱(ロッカー?) に入れておくと、 翌朝には、スタックとラインプリンタの出力が帰ってきている、という仕組。 でも大抵は、Fatal Error と言われてお仕舞い、となる。 そう、デバッグ → コンパイル、のターン・アラウンド・タイムが「一日」という事ですな。 (今は亡き Ken Olsen さんが、ある講演でこのあたりの事に触れた時は、 「おお、戦友なんだ」と(不遜にも)思った。)

最初のお題は、プラズマ加熱に関する高次の代数方程式を解く、 というものだったが、結局微妙に違う答しか得られなかった。 「微妙に違う」というのも変な言い方だが、 先人の論文の結果を再現しようとしたものの、 要はデバッグしきれなかった、という事。 自分ではその時使った Bairstow's method のルーチンがおかしかったのでは、 と疑っている。 つまり、誰かがそれを床にばらまいてしまい、元の順番に戻せなかったのではないか、 という事。(サブルーチンは、勿論カードスタックで与えられていて、 それをメインタスクのスタックの後に付け足す、のだった。)

二つ目は、実は本当の課題ではなかったが、半導体の pn 接合付近の電位と電子・ホール密度の分布を求める、というもので、 これはうまく行った。勿論、 自分で偏微分方程式を解くアルゴリズムを書いたのではなくて、Gummel 法を FORTRAN に落しただけ(しかもその大半を博士課程の先輩がやってくれていた)だが、 それでもこれをラインプリンタでグラフにしたものには大変感動して、 そのせいで数値計算に嵌ってしまったのではないか、と今も信じている。

先史時代

大変感動したが、しかし、どちらかと言えば、コンピュータやアルゴリズムではなく、 半導体物性の方が高尚に思えた。(FORTRAN とパンチカードに辟易した、というのも有るかも。) なので、某 F 社の入社面接では○輪取締役という方に、「希望は半導体らしいけど、S/W をやってみないかね」と親切に言って頂いたのに、言下に断ってしまった…… (今でもこれはちょっと後悔している。) 無事採用していただいて、配属されたのが、HgCdTe (水銀カドミウム・テルル) という II-VI 化合物半導体を使った赤外線検知器の研究部。 実を言うと最初はちょっとがっかりした。 が、やってみたら、これが滅茶苦茶面白い。基板を研摩したり、 不純物を拡散して pn 接合を作ったり(本当は、水銀原子を抜いて p型にするんだけど)、 真空ポンプを操作したり(分解掃除というのもあった)。 シリコンで DRAM を作るなんて「最先端の開発」をやっていたのでは決して体験できない事を、 嫌という程体験させてもらった。

が、いつまでもそんな幸せな「研究生活」は長くやらせてもらえる筈もなく、 段々、システム寄りの仕事が多くなってくる。(ついには、 ○暴、じゃなかった、○防さん向けの開発子会社に出向させられてしまった。 前に書いた CAD での顛末はここでの話だがまだちょっと先の事になる。) ここで、やっと PC が出てくる。 レーザ・レーダの結構大規模な試作機を開発するのだが、 どういう気紛れか、HP の 9845T というデスクトップ機を買ってもらえた。 (私が何だかんだ言って胡麻化したのかも知れない。) 勿論納入品の一部で、自分のものではないが、 開発から野外試験の間ほぼ独占して使う事ができた。

9845C
HP9845T 最初の My Computer なり
HP の 独自 OS で、HP-BASIC が走り、 カートリッジテープのストレージと (モノクロ)CRT モニタ、 熱転写式のプリンタを内臓していた。200 万円はしたのではなかろうか。 (詳しくはこちら) とにかくこれに愡れ込んでしまった。 なにしろ、パンフレットやマニュアルの表紙を飾るのは、 大気圏再突入時のスペースシャトルの表面温度を色分けで表示した フレームモデルだったりして(その頃には既にカラーバージョンの 9845C が出ていた) ひたすら格好良い。 どかっ、と付いてきたドキュメントも、大変参考になった。 ただ、実際のレーザー・レーダの制御プログラムは、一千行弱で済んでしまう。 難しいシミュレーションをする訣ではなく、レーザーと、その AFC と受信機の制御をして、A scope (距離対受信レベルの図) を書かせるだけなんだから、当り前と言えば当り前で、 言ってしまえば、単なるオーバスペック・オーバキルである。

実際、同機の二次試作は FM-16β で済ませてしまったように思う。

Mac SE——最初の My Mac

一旦こういうのに触れてしまうと、その当時の主流だった、PC-9801 (この国民機のネーミングは、HP 98xx シリーズのぱくりではないかと今でも疑っている) とか、FM-11, 少し後の FM-16 等は、会社で使うぶんにはともかく、 自分で買おうなんて気はちっとも起きなかった。

そもそも、なんで Macintosh に惹かれたのか。よく憶えていないが、 多分「消去法で最後に残った」のではないか、と想像する。 しかし、お値段は箆棒で、初代 Mac は確か 80 万円以上したのではないか。 それはその頃の軽自動車が買える位の値段だったから、 勿論自分にはなかなか手が出なかった。 結局、買えたのは、転職して頻繁に米国に出張するようになってから。1988年 (1990年だったかも)に、米国の東海岸で購入した。 それでも(アップルジャパンの法外なマージンを抜いても:-) $2800 くらい払った記憶が有る。 (8 MHz の 16 bit CPU (MC-68000) でこの値段!)

さて、ようやくあこがれの Mac を入手して何をやったか、これまた良く憶えていないが、 HyperCard で、色々なスタックを作って遊んでいたようだ。 新たに別売のアプリケーションを買う余裕が無かったせいもあるし :-)、 自分で本格的な(つまり C を使った)プログラムをするのが、 とても難しかった、という事もある。そもそも「公式」な開発言語は C ではなくて、Pascal だったような気が……

"Jobs" には SE の話は出てこないようだが、 Macintosh 全般については、結構記述がある。で、「成程なあ」と思う事もあれば、 「そんな訣あるかい」も有る。


2012-06-09 (Sat): 故きを温ねて……(その 2)

Gray, Mayer, "Introduction to Analog Circuit" (3rd ed.)

最初は第二版をペーパーバック(薄いグレーの表紙)で買ったが、 ボロボロになった上に真二つに割れてしまった。 (厚いペーパーバックは、こうなる運命になっているようだ。) で、それがどうしても見付からない……。 つい最近までハードカバーの第三版と一緒にそのあたりに有ったはずなんだが。 今となっては旧版の本体よりも自分の「書き込み」を無くしたのが痛い。 ノートも良いけど、やっぱり効率が悪いし、ノートそのものを無くする可能性も高い。 第一、内容は憶えてなくても、書き込みが一杯有れば、 「おお確かに読んだな」と思えるし。

ともあれ、これは素晴しい教科書だった。 始めの方の半導体物性の話は「まあ、それなりに」だったが、 電子回路に入って、さらに "Two-Transistor Amplifier Stages" に入る頃から俄然面白くなってきた。"Active Load", "Output Stage", etc. etc. と、ずっと読んでいけば、普通の OP Amp の事は大抵解るようになるのではと思う。 特に、8 章の "Feedback" は圧巻。自動制御は少々あたりがついている、 等と思っていたが、実際の回路でどう実現するか、については、 これを読んで初めて解ったような気がした。

ただ、ちょっと残念なのは、BJT が主で、FET の記述は(有るにはあるが)とってつけたような感じがする事。 とは言え、この本を読むまで、真空管しかよく知らなかったので、BJT が解る、と思えるようになっただけでもめっけもの、か。

「面白いよう、これ」って他の人々に吹聴していたら、某○芝出身のある人は 「それ課内の輪講でやったよ」と言っていた。うーむ、某 F 社とは随分雰囲気が違ったんだねぇ、羨ましいよ。 私?私はその頃は、赤外線検知器で PN 接合を作って、 半導体素子の歴史を一から追体験したり、 青野ゲ原や東富士演習場を走り回っていたなあ。

第 4 版が出たらしいが、FET はやっぱり「付けたし」だ、という噂。 ペーパーバックを待つかな、などと日和かけている。

D. E. Comer, "Internetworking with TCP/IP, Volume 1/3" (2nd ed.)

上の Gray & Meyer の第 2版もこれも、1993年に買っているから、 今年でちょうど二十年になる訣だが、こっちは比較的無事だな…… と思いながら、Vol.1 を今開いてみると、バキっと音がして背のノリが割れてしまった。 まだ、二つに分れた訣ではないが、こうなったら後はもう時間の問題だろう。Vol. 3 の方は無事。
Comer Vol.1/3
うわ、やってもうた(上が Vol.3, 下が Vol.1)

Vol.1 は大層気に入って、繰返し読んだ。 実際殆んどのページに書き込みがある。 で、Vol.3 (Commers & Stenvens) に続いて、Stevens, "TCP/IP Illustrated, Vol. 1/2" も購入した (1995 年。こっちは分厚い hardcover。) しかし、どれも然程読み込んだ跡がない……。 どうやら、Paperback を買って、とても気に入ったら一生懸命勉強して、 その後 hardcover を買うが、積読になる……というパターンが多いようだ。 (馬鹿なことをやってるなぁという気もするが。)

この本がとっても凄いか、と聞かれるとちょっと困る。 この著者の本は定評があるから、トンデモ本ではないだろうが、 何しろそれまで TCP/IP にはあまり馴染みがないところに、 本というよりそのプロトコル自体に魅入られて熱中してしまったので、 他の本と比べようがない。でも、最初がこの本で幸運だった、とは思う。 (どうも、プロトコルヘッダの説明を熱心にやって、 それで終り、という本が多いような。) しかし、もしこれからやるなら、Illustrated の方が適しているかな、と(読まないで)思ったりもするが :-p。

勿論、最新の話題には触れられていないので、 これだけで済ます訣にはいかないだろうが、 あまりにも複雑になってしまった The Internet の話題なり文献なりを読むための基礎として必須。 そういう「予定」がなくても、 例えば、無線ルータが不調でカスタマ・サービスに電話した時に、 「ああ、この人ちっとも解ってないな」 と思える程度にはなれます。 その後出てくるだろう「担当エンジニア」にさえ「勝てる」かも知れない。 悲しいのは、だからと言って、 問題解決につながる訣ではない事(「そこんとこ、おかしいでしょ。」 「ええ、でもそれはこの製品の仕様です。 直せません、その予定もありません。」)で、 結局は買い換える羽目になるんですけどね。 そう言えば、三年程前に買った Buffalo は現在も大変安定して動いているが、 実は、これにも DMZ の作りに問題が有った(LAN 側からの global IP を DMZ に送らず、自分宛てだと思ってしまう、というトンデモ実装。) だけど、結局泣き寝入りするしかなかった。


2012-06-03 (Sun): 故きを温ねて……(その 1)

普通に会社でエンジニアとして働いている分には、 昔の教科書をひっぱり出して読む事はあまりない。 だけど、SRD (Semi Retired Dilettante) で生きていこうと思うと、 途端に自分のスキルや知識がどれ程のものか気になってくるので、 昔読んだ教科書をついつい、買い換えたり、新版を買ったり、 あまっさえ「ちょっと読んでみようか」なんて思ったりする。 (この辺、ちょっと強引だったかな:-p 本当は SRD は関係ないです。)

ン十年置いてから読み直すと、感想は本によって様々。 意外によく憶えているものや容易にフォローできるものも有るが、 きれいさっぱり忘れているもの、 やっぱり(しつこく)「わけわか」のものも有る。

A. S. Tanenbaum, "Computer Networks," (5th ed.)

これは第二版を最初に読んで大変感動したので、この第 5版まで欠かさずフォローしている。フォローしている、 というのは毎回全部読んでいる、という意味では勿論無くて、 買い揃えているだけ。(毎回読むところが決まっていたりする。) でも、最新版は若い人の研修用に使ったので、 自分でもちょっとだけ真面目に読んでみた。 読んでみたが、残念ながら最初の感動が最新版からは得られない。 アフォリズムも冗談も冴えているし、説明もより洗練されているのに、 何だか面白くない(同じ冗談に何度も笑うのは難しい、というのは措いても。)

例えば、最初「なんだかなぁ」と思った 「スペクトラムの記述」はそのまま——「高調波」の次数だけで baseband の波形を云々するのは、ちょっと…… Tanenbaum さんはやっぱり S/W の人なんだ。その一方で、 最初に「うーむ」と唸らされた「Ethernet の進化の歴史」などは、その後の版ではとおり一遍の説明になっている ——途中の右往左往、つまりアイディア・規格 (IEEE802.3) と実装のせめぎあいを端折って、いきなり スイッチングハブに行ってお終いとなるんでは、何も面白くないよ。

私が押しつけた若い人達が、 この教科書に然程興味を持てないでいるのを見て「おかしいなぁ」 なんて思っていたが、これでは無理もない。申し訣ない事をした。 でも、無線ネットワークをやるなら読んでおいて絶対損はしない(と思う。)

ペーパーバックが出たらしい。

Panofsky, Philips, "Classical Electricity and Magnetism" (2nd ed.)

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Panofsky 惨
元のは、虐待しすぎたのか、使っている紙の質が悪かったのか、破れるというより「崩れ」 かけている。ので、最近になって新しいのを買い直した。 (というか、ずっと絶版になっていたが、2005 年になってやっと復刻された、 という事らしい。) その時気付いたのだが、これは飽く迄第二版の復刻で、 1962 年にそれが出てからなんと半世紀が経っているのに新版は出ていない。 うーむ、自分が思っている程には「世間の評判」は高くないのか。 高専や大学で使っていた教科書に比べたら、 「月とスッポン」という印象が有ったんだがなあ。

しかし、考えてみれば、自分が一生懸命読んだのは、本来の「電磁気」ではなくて、 特殊相対論のあたりだったような気がする(何とこの本、後半は殆んど全部相対論がらみ。) で、その相対論については、(自分の傾倒は別にして)客観的に見ると、 他にも良い教科書 (Feynman) が有るし、古典電磁気学についても、古いの (Feynman) から 新しいの (Jackson) まで色々ある。 となると、これは、まあ、個人的な歴史的価値だけかな?でも「何故 H (磁場) ではなくて、B(磁束密度)が本質的か」については、 Feynman さんのよりこの本の方が良く解ったという記憶がある。 (空覚え……第一、肝心の「理由」についてもよく憶えていない:-p。)

しかし何はおいても、この本は安いのが魅力。(Amazon では、2000円余りで買える。)

G. Gonzalez, "Microwave Transistor Amplifier (2nd ed.)"

この本の初版は、S-parameters や Smithchart の話が要領良く纏めてあって、重宝していた。 が、そのせいで、US Ericsson 時代にさるマネージャに取られてしまった(嘘です、 ちゃんとお金は頂きました。Kim さんは御壮健だろうか。) で、その後暫くしてこの版を買ったのだが、例によって、あまり読んでいない。 多分もう紙の Smith chart を使う事がないから、だろう。(S-Parameters なんて、そんなに難しい話じゃないから、という説もあるが、 それは業界中の秘密。)

しかし、Smith chart を描いて、その上へデータをプロットするプログラムを書いた際には、 またお世話になった。 が、どうも「なんだかなあ」という記述が散見された。 (間違ってはいないのだけど、初めて読んだら誤解するかも、みたいな。) 例えば、Smith chart 上の Z(インピーダンス)と Y (アドミタンス) の関係の記述は怪しい……。 初版がどうだったか思い出せないが、これも改版による改悪のような気がする。

それでも、S-parameters からアンプのゲインを導くあたりは、 旧版は間違っていて、新版が正しいそうだから、 今から買って読むなら、やっぱり後者かな。


2012-04-21 (Sat): 得物は切れさえすれば……(その 2)

ともあれ、現在までのところを有り体に言ってしまえば、EDA が必要で、そのために資金を調達せねばならんが、 一方それを特許で賄うなんてのは夢物語、という事になったようだ。 仕方がない、もう SRD は諦めて FRD (Full-Retired Dilettante) にするかな。エンジニアリングなんかはすっぱり諦めて、 本だけを読んで暮そうという事。 つまり、刀を買えないので、 剣客商売の小兵衛爺さんから「ヘンリライクロフト」さんへ目標・モデルを切り替える、 という訣だ。

ただ、まあ、そんなに慌てて諦める事もないような気もしている。 世の中には Free S/W が有るし、廉価版も出回り始めたし。

例えば、先にも書いたように、LTSpice IV という、フリーの SPICE を使い続けているが、実はこれ中々使いでがあるし、 何より、信頼できる結果が出てくるのが嬉しい。 なんて書くと、名人上手のように聞こえるかも知れないが、 実は受動素子の AC 解析をやってるだけなんだから、まあうまく行って当り前。 しかし考えてみればこの世の中、非線形の過渡応答解析なんて、 そもそも使う場面が殆ど無いだろうし、もし有ったしても、 その肝心の「いざ」という時に、 役に立たない事もあるのでは、それに高いお金を払うのは尻込みしてしまう。 という事で、(マイクロ波)PA やミキサの設計はやらないと決めて LTSpice と生きて行く事にする。

という事で、まあ、銘刀とまでは生かないが、とりあえず切れる刀は手に入った。

しかし、これなどはまだ脇差の類いで、本当に欲しいのは、FDTD と有限要素法のシミュレータなのであった。特に FDTD は、先にも書いたが、せっかく予算を獲得したのに、部下や同僚に攫われてしまう、 という事が二度も有った因縁付き。これを逆に言うと、 殆んど実物を触った事がない、という事。 しかし、これに関する本だけは沢山持っていて、 なので「いっちょかみ」をついついやってしまう。 なんかこう最初っから「ルサンチマン」が渦巻いているのであるが、 しかし、これは SPICE よりずっと高価な道具である。 ま、スルーするしか有るまい。

と思っていたが、最近……と始めたら、これはワンパターンの上に、 一部作り話になりそう。 勿論これにもフリーのが有って、で、実はもう何年も前から齧っているのだが、 なかなか使い熟すところまで行ってない。

例えば MIT の Meep。 以前はコンパイルもままならかったのだが、最新版 (-1.1.1) はあっさり MacOSX の上でコンパイル・インストールできた。 だったら、はよ使えばええやないか、 と思うのは素人の浅はかさで、これを使うには、Guile 言語をマスターしないといけないらしい。 まあ、そのうち Lisp を、とずっと思っていたので、敷居は高くないのだが、 同時に、このままずっと思い続けるだけ、になる可能性も高い。 しかし、本当の理由はこれに Python-binding がある事かも。 「Python の追っかけ」としては有難い筈なのだが、 実はこれが動かない……というかコンパイルさえできない。なまじこんなものがあって、 次のバージョンアップで動くようになるかも知れない、 となると、ついつい新しい言語 (Guile) を学び始めるのが億劫になってしまう……。 結局はサボっているだけなのだが、 それもあまり長く焦らされたからで、同情の余地はあると思うがどうだろう。

有限要素法の方は、以前はあまり興味が無かった。 ちょこっと触った限り、もしくは人の仕事にけちをつけた限りでは、 あんまり冴えないなあ、という印象。 何しろ、適用するのに工夫が要ったり、 精度を保つために条件に気をつけないといけないなど、とっても面倒。一方 FDTD を最初に触ったのはアンテナ解析の時で、パルスを一発打ち出して、 それをフーリエ解析して放射パターンと周波数特性を一挙に見る、 というのにすっかり感動してしまったのだった。だから、どうも FEM は最初から部が悪い……。 とずっと思っていたのだが、これが結構使えるらしい。 「結構」どころか、人体通信などの場合は、こちらしかうまく行かない、 という噂もある。だが、これも製品版(HFSS 等)はとても高い。

有れば嬉しいけど、順番としては FDTD の後かな、なんて思っていた。 しかし、ここへ来て急展開が有った。 何と村田さん(そう、あの村田さん)が、格安の FEM シミュレータ (Femtet) を出した。なんでも、一年間 25 万円でライセンスしてくれるんだとか。 しかも、二ヶ月間無料で試用が可能。 いやあ、これは一種の革命ですな。 偉いねえ、見直したよ、村田さん、と言いたいところだが、 よくよくサイトを読むと、個人にはライセンスしないんだとか。 なんでや。(ライセンス料を取りっぱぐれる事を恐れているの? ったく、困ったもんだ——昔、某社で村田さんの借金を踏み倒しかけた私が言うのも何ですが。) このためだけに、会社を立ち上げるのもなぁ、という事で、 やっぱり FEM は FDTD の後になりそう。

という事で、FRD になるのをちょっと踏み留まって、Meep を使い熟す事から始める事にする。 言わばツールを整えるために時間を費す訣で、「なんや、今と変らへんやないか」 という事で、安心だしそこそこ面白いだろうが、道は遠いなあ、と。


2012-04-14 (Sat): 得物は切れさえすれば……(その 1)

という訣で、SRD として「自立」するのに特許でどうこうするのは得策でなかろう…… そもそも、自立するために四苦八苦するのでは SRD の看板を上げた甲斐がないではないか。 とはいえ、徒手空拳では戦えない。 どうあっても、某(なにがし)かの得物は要る。 (藤原国助とまでは行かなくても、 せめて鋼でできていて、刃もついていて欲しい。) だが、「入るを計って」みたところ、どうも期待薄という結論なので、 ここは畢竟「出ずるを制す」る方向で調達せねばなるまい。

で、超零細エンジニアリング企業にとって何が一番負担だろうか?

まあ、そこらへんは何とでもなる……ような気がする。 しかし、一番肝心な武器(得物)のうち、EDA/CAD S/W は何ともなりそうもない。 元々馬鹿高いし、コストパフォーマンスを考えたら、とても SRD に手が出せるシロモノではなさそうだ。

CAD かあ……ったくこれには良い思い出が無いよ。 新卒として入った F 社で、自分の課に論理回路 CAD を導入しようと、かなり頑張ってみたのだが、結局諦めてしまった、 というのが「振り出し」なんだから後は推して知るべし。 何しろ、同社の担当は「社内のユーザには使わせたくない」と思っているフシが有った。 それに嫌気がさした、というのもあるが、 まあ、ホストと端末を 300 baud の phone coupler で継ぎ、JIS の論理シンボルを使うシステム、 というあたりで熱意が冷めた、というのが本当の理由かも。 その結果、回路図は手書き、試作は wire wrapping で通したが、それでそこそこ競争できたのだから今思えば不思議ではある。 しかし、コンピュータメーカが、CAD を使おうという社員を邪険に扱う、というのではまさに紺屋の白袴ではないか。

その後転職した携帯電話開発のベンチャーでは無線屋に鞍替えしたが、 なんと、高周波回路 EDA を買ってくれるという。 経営者が担当(私の事)の経験の乏しさを心配したのかも知れない。 (しかし、CAD や EDA で経験や知識の無さを補える、 などというのは今も昔も幻想に過ぎないんだけどねぇ。) 何しろ初めて(CAD shy?) なもので、 「仮にもン百万円もするツールを買ってもらうんだから、何とか使い熟さねば」 と大いに力み、かなり時間をかけてツールの選定から始めた。 (LSI 設計の同僚なんかは、もっと高い奴を当り前のように買ってもらっていたが。) 最後に残ったは EEsof と HP で、結局 EEsof のにした。 そこまでは何という事のない「ツールの選定」の筈だが、 驚いた事に、HP さんのセールスと FAE 達が大挙して文句をつけに来た。 自社の製品が選ばれなかった理由を聞きに客先に押し掛ける、 というのも前代未聞だが、その場でそれを問い質して非難するというのも凄い。 まあ、後学のため、という事でしばらく付き合ったが、 結局判断は変わらなかった。「ほんとにコレ(後述)ができますか?」 というこちらの質問に結局のところ「(買って)やってみるしかない」 としか答えられないのでは、ン百万円にビビッている CAD shy な奴は説得できないだろう。

これには後日談が有って、HP と EEsof はその直後合併するのだが、 その結果 EDA も統合されて MDS になる。で、その肝心の Harmonic Balance の部分は EEsof の Libra になったらしい。 私の方が見る目が有った訣だ。また、その合併の結果 HP 社の人達が我々の EEsof EDA のサポートをする事になって、件の FAE の人達もやってきた。 精一杯の嫌味を言ってやったのだが、まるでカエルの面に○○だった。

というような次第で、目出度く RF EDA を導入したので、 早速それを駆使して……と言いたいところだが、 そうはなかなか問屋が卸してくれない。 そもそも、EDA 導入の目的が PA (Power Amplifier) の非線形解析だったのだが、その PA のシミュレーションをするには、 FET のモデルが要る。 が、ライブラリにないデバイスをモデル化するには、数ヶ月の期間と 50 万円くらいのお金がかかる——HP さんに頼んだ場合。 そりゃあんまりだ、と言うと 「勿論 NA (Network Analyzer) が有れば御自分でもやれますが、その為にはこのツール(ン百万)が必要です。」 うーん、 もうそのデバイスは目の前に有って、その負荷回路を設計するだけなのに、 まだそんなに時間とお金がかかるのか……。 しようがないので、結局 Load-pull でマッチングパラメータのあたりをつけた。 (Load-pull と言っても、 自動の負荷 (tuner) は高くて買えないので、 手動の計算尺みたいな奴でやるのだった。Smith Chart 一枚分のデータを取るのに一晩徹夜。) Wire wrapping 同様、これもとっても大変だった。EDA って値打ちがあるなあってつくづく思ったねえ、使えさえすれば、だけど。

EDA S/W はそれ自体の値段も箆棒だけど、その後もお金がかかる。 しかも、必ずしも役に立つ訣ではない…… などという常識に近いような教訓が随分高いものについてしまった。 その頃の経営者の皆様ゴメンなさい。でも、私にはとっても勉強になりました。


2012-04-08 (Sun): ビジネスモデル(その 5)— それでも特許しか無い

小兵衛さんが、剣一本で生きていくのではなく、利殖などにも手を出していた、 という事に甚くがっかりしたものだが、よく考えてみたら、 むしろ、より有りそうな話になって目出度い、とすべきかも知れない。 第一、大事件がそんなに旨い具合いに起きる訣はないし、 その全部がお金になるなんて事はもっとないだろうから、 剣客商売だけで小兵衛さん並に「粋に」生きていける筈もないのである(そもそも、 小説の中の話にそんなに目くじらを立てるのも無粋ではあるが……)。 要は、定期的な収入は大事だぞ、と池波先生は示唆しているのだろう。 言い換えれば、それ(つまるところは「宮仕え」)を捨てるのは大変だぞという事か。 しかし、我々には年金が有るぞ、と。 ともあれ、まあ、なんとか喰っていける手立てはあるので、 剣客商売の方はぼちぼちで良いか……、というか、 無理をして融資や投資を募る事もあるまい、というかそんな事はやりたくない。 としたら、やっぱり特許しかないか。

さて、特許制度、もしくはその運用のされ方が、どんどん世間の(技術者の) 常識から離れているのが気に食わない、という話は前にしたが、 その思いは、ますます強くなっている。

もともと、特許政策に関する自慢話や具体的な出願書類(明細書)などは、 頭から敬遠してきたが、 どういう偶然か「○○社の特許を評価しろ」という依頼が立て続けに来た事がある。 そのせいで、久し振りに明細書を十件以上真面目に読む羽目となったが、 これがまた……。 その○○社について、某 N誌誌上で、「基本特許」を押えて、自ら RF IC を設計製造する有望企業云々、の記事を見掛けたばかりだったので、 「おお、基本特許と称されるものを実際に見るのは始めてだ」と、 かなり期待したのだが、私の「感想」は惨憺たるもの。 例えば「△△受信機の初段に □□形式のトランジスタを採用する」 等という請求項が有って、 そもそも「これが特許になるのかなぁ」というのが有った。 しかし、よく見ると、なんだか不自然な限定条件がついていて、 新規性や進歩性を救うために中間処理で付け加えたのではないかと思われた。

しかし、前の 2ディスプレイ携帯電話の特許でも有ったように、 「なんでこれが特許に?」というのでも、 やりようによっては、 世の大半のメーカーから使用料をせしめる事ができるかも知れない訣で、まあ、有り得る。 が、「そもそもその回路では動かない」という請求範囲(アイディア)も有った。 (まさかそんな筈は無かろう、と思い直して教科書をよく調べたので間違いないし、 そのせいで余計八つ当たりしたくなるのかも知れない。) つまり発明者も審査官もそれに気付かず特許にしてしまった訣で、 ますます「うーん何だかなぁ」となった。

という事で、その特許群への評価点はかなり低かったのは勿論であるが、 特許の制度そのものや、そういう特許(の持ち主の会社)を持て囃す N 誌への評価も相当下落した。(その○○社は、その後間も無く事実上倒産した。 その意味でも、N 誌がわざわざ記事にした動機は何だったのだろう、と余計疑念が募る。)

そんなユルい事で大丈夫か、日本の特許、という印象を持たれたかも知れないが、 実は(○○社も N 誌も日本の会社であるが)特許は全て US Patent にもなっている。つまり、米国の特許制度は、遺伝子特許他のご無体だけでなく、 ガチガチの技術と言ってもよい電子回路の特許でも、相当ユルイという事になる。 ただ、上記の制限事項は、米国特許庁が付けたらしいので、 日本の特許庁よりは、ちょっとだけ厳しいとも言えるが。 しかしながら、米国の内情も然程元気が出るようなものではなさそうだ。 Office action (中間処理にあたる?)にかなり深く付き合ってみて、 審査官の言い分のいい加減さ(キーワードが他に見付かるだけで、 即先行例では?とか)、 それに対する特許弁護士(弁理士)の対応のトンチンカンさ(すぐ、claim に制限をつけたり、取り下げてしまったりする)。 正直何が問題なのか良く解らないが、とにかく「何がポイントなのか解らない明 細書」になっていくのだけは確かだった。

これでは、ますます法廷弁護士さんが活躍する場面が増えてくるに違いない。 (ますます、ディレッタントには手が届かなくなる、という事。)

まあ、「アイディアだけで一攫千金」を目指す庶民にとっては「何だかなぁ」 との溜息が出るばかりだが、しかし、頑張っている会社もある。 しかも日本で。 「半導体エネルギー研究所」がそれ。 何しろタイトルが「大手メーカーの特許戦略はぬる過ぎる」で、 その会社が「ほぼ特許の権利行使だけで喰っている」 となれば、まさに希望の星ではないか。 最初に読んだ時は、大いに気をよくしたものだが、 しかし改めて良く読んでみると、 某 H社で優秀と評価された特許が同社では「クズ」であると言われたり、 同社の社員の大半が法務部員だったり……。 うーむ、それって、言い換えれば patent troll をより系統的に、より徹底してやる、って事に他ならない? どうも、あんまり感心しないなあ。 いや、それが倫理的にどうこう等と言うつもりは毛頭なく、 ただ、特許で喰うなどというのは、 所詮徒手空拳の個人には無理、とトドメを刺されたような気がした、という事。

つまりは、SRD には特許は武器にはならない、ってか?


2012-03-21 (Wed): ビジネスモデル(その 4)— 特許は SRD の味方か

冗談半分の話を尤もらしく紡いでいくのも、なかなか大変……徒手空拳で、SRD (Semi-Retired Dilettante) 生活を切り開くために、 秋山小兵衛の「要領」に学ぼう、というあたりに何とか漕ぎ着けたものの、 最終巻(「浮沈」)を眺めていたら、小兵衛さん、 偶然預けられた千五百両を「運用」して、 その利益を世直し・人助けの資金に当てているのでした(すっかり忘れていた:-p) うーん、世の中は甘くないのう。「所詮この世は金と……」

とは言え、では、出資者を探そう、とか、宝くじに賭けよう、 となったのでは面白くない。ここはやっぱり、特許制度に賭けるしかないだろう。

ところで、その特許制度だが、自分の中ではどんどん「評判」が落ちてきている。 先週書いた、祖父の「(世が世なれば)アイディアだけで一攫千金」の逸話は、 幼ない時こそ光輝いていたが、 今では「やっぱり無理な話、もしくは単なる見果てぬ夢」となっている。 そのアイディアの新規性の問題のみならず、 特許制度そのものへの「がっかり」が積み上がってきたから。

学校を出て最初に就職した某日の丸コンピュータの会社は、 「おおモーレツ」を絵に画いたような会社で、 特許の発案も、年 10件という「ノルマ」が有った。 おまけに、最初に配属された部署では、 車のセールスかなにかのように、大きな表を張り出して、 それぞれのエンジニアの発案数を一件一枚の丸いシールで表示していた。 新卒の新人だった自分は「責任の重さ」に戦いたものだった。 何しろ、「一攫千金」につながる「特許」を略毎月出せ、と言うのである。 戦きながらも、新人の自分は真面目に発案シートを出し続けたので、 半年くらい経ったある日気がついてみると、5 件の自分は断トツのトップだった。 「目標達成」にはまあまあのペースだし、断トツだし、「おお、よくやってるぜ」 と自分では思っていたが、先輩方からのコメントは 「そんな『目標』を額面通り取るやつが有るか、アホ」というものだった。 しかし、実際私のような「アホな人」は結構多かったと見えて、 その頃出願件数でトップ三社(全部電機の会社だったような)に、 特許庁から出願数を押えるように、というお達しが出たらしい。 つまりは、粗製濫造が目に余る、という事か?

その後は外資系だった事もあって、 あんまりアホな事もしなくて済んでいる。 が、今度は出願者以外の観点からの何だかなぁ、が……

まずは常識というか、特許の定義の常識的な解釈がどんどん歪められてきた事。 自分にとって一番ショックだったのが、 携帯に正副二つのディスプレイをつけるアイディアが、さる特許を侵害している、 と判断され、そのようなベンダさん達が多額のライセンス料 (だか罰金だか)を払った事。その特許というのが、PC のモニタと携帯のモニタを並べて置いて別のデータを表示する、 というもので、その特許自体の新規性が疑われるようなシロモノで、 自分に利害は無かったのに、「義憤」のようなものを感じた。 Patent Troll という言葉を知ったのはその頃だったかも。

しかし、例によって、それは米国の為体の後追いだったようだ。 ソフトウェア特許に、ビジネスモデル特許。 後には、あろう事か遺伝子特許というのまで表われた。 それを認めてしまったら、特許制度の根幹というか存在理由を揺がしてしまう、 という嘆きとは別に、 大金を巡って法律家が「活躍」するという図も意気阻喪させるのに十分であった。 (「どうかしているよ、アメリカ人の皆さん」。) Michael Crichton の "Next" には、その辺の話が「これでもか」というくらい出て来て、 いい加減うんざりさせられるが、実際には、「現実」の方がもっと進んでいる、 という噂もある。(Wireless LAN の基本特許に関する訴訟。)

で、上の「義憤」は有り体に言うと、 「勝負は『いかに良い弁護士を雇うか』もしくは 『彼らを雇える財力を持っているか』 だけにかかっているのではないか」という事で、 かなり「私憤」になってきて、 「元手・資本が無ければ、特許制度は恃むに足らず」と結論したくなる。


2012-03-10 (Sat): ビジネスモデル(その 3)— 剣客商売

(その 2)では、セミリタイア・ディレッタントが良かろうという事になったが、 それだけでは「半隠居の素人」な訣で、「そう、それで」と言われそう。 いや、「それだけ」でも悪くないのだが、 やっぱり何か「意義」のある事をしたい、という「色気」もある。 一方、貴族(Rayleigh, Kelvin)でも、帝國大学教授(寅彦)でもない身としては、 彼らのように「宮仕えを避けるだけ」では「(積極的)自由」を確保できない。 結局「時間」というか「自由」に加えて、その「積極的」 に必要な手段をどうするかが問題のようである。

こうなったら、やっぱり「古典」に頼るしかないだろう。 古典と言っても、立派するぎるのではなく、「身につまされる」くらいのが良いのではないか。

ギッシング「ヘンリ・ライクロフトの手記」: その身の上(「汗水たらして働かねばならなかった」) は大層「身につまされる」ものが有るし、 その晩年のあり方は、かつては自分の「理想」であったが、 今となっては、こんなに枯れしまって良いのかな、という気もする。 どうもこれはフルリタイア(・ディレッタント) になる日まで取っておいた方が良さそうだ。 そもそも、友人から偶然に幾許かの財産を譲られて、初めてなった「悠々自適」。 宝くじに当る事を念じる、のと同じで、あんまり参考にならない。

石川達三「四十八歳の抵抗」(西村耕太郎): 大学生の時に読んだ時は、そこそこ感動したのに、今読み返すとそうでもない。 西村君があまりにも卑俗で(つまり、あまりにも自分に似すぎていて:-) 「モデル」にしたくない、という事かも。 そもそも、私よりずっと若くて恵まれているのに、 何を悲観しているんだか…… とは言え、こういう心境に陥る事もちっとは覚悟しておくべきか。

藤沢周平「三屋清左衛門残日録」: 結局は武士社会で功成り名遂げた元「用人」の話だが、 早々と引退して、なおかつ殿様の庇護を受けている、 という点であまり参考にならない。 また、生活の心配をしなくて良いかわりに、 藩の中の派閥争いに積極的に関っている(自分から、ではないが。) これは、ちょっと勘弁して欲しい。ので、没。 (息子の嫁は慎重に選ばないといけない、という教訓は得た。 しかし、そんな奇特な相手がそもそも居るか、という心配が先に立つが。)

池波正太郎「剣客商売」(秋山小兵衛): チャンバラ小説としては大のお気に入りなのだが、 参考にしよう等と思って読んだ事は無かった。 が、自分が小兵衛の年齢に近付いて、改めてページを繰ってみると、 これがなかなか粋で痛快であるように思う。 で、その粋な隠居生活をどうやって支えているか、というと、 つまりは剣術を商売にしているのだった。 還暦に近い年で、「二十番切り」なんて荒唐無稽な話もあるが、 衆を恃まず、権威からも離れていようとするなら、 やっぱりこれくらい頭抜けて「確かなもの」が要ると言う事だろう。 (それにしても、実際に事件を「商売にできた」例は全編の中で数回しかない。 ひょっとすると内情は苦しいのかも。)

うーむ、私に何ができるかねぇ。剣術は少々やるが、小兵衛程ではないし (無論冗談でござる。)「藩(会社)」を離れて、商売にできる(売れる) ような技能は思いつかない。 電気工学やそれに関する技術開発は長くやってきたが、その割には浅く広くで、 素人衆を相手に「知ったか振り」はできても、 本当のプロを切って殪(たお)す、 じゃなかった、太刀打ちするには充分ではなさそう。 (つまりコンサルタントの口は少ないだろう、という事。)

と、なれば、ここはやっぱり「特許」かなぁ。 うん、そもそも、というか少くとも米国の特許制度は、 街の発明家に手厚くできているはず。 「発明で一発当てて大儲け」という話は、米国の小説の中では極普通の事だし、 日本でも庶民の「夢」だった。(うちの爺ちゃんも、 「良え考え(アイディア)は有ったんじゃが、それを特許にする元手が無うてな。 それさえ有ったら今頃は……」などと言っていた。(それがどうも、 「蚕のまゆから生糸の端緒を引出す方法」らしくて、 幼い自分は大変感心したものだが、 今となっては「どっかで聞いた事ある」話。) お上や権威から離れていたい、といいながら、 国や国家間の制度に頼ろうとするのは、些か忸怩たる面もあるが、まあ、 徒手空拳の輩が自己の権利を主張するためには、ギリギリの譲歩、とも思える。


2012-03-03 (Sat): ひなまつりと Windows

昨日は久し振りに「シンポジウム」とやらに参加した。 行く前から同僚に「つまらないよ、きっと」と散々言われていたので、 覚悟していたのだが、そんな事はない、面白い発表が随分有った。 (残念ながら自分の専門というかお目当てのは、やっぱり「今一」だったが。) 「カーボンナノチューブ」「マイクロマシン」「機能性微粒子」…… と並ぶとこれまでの先入観のせいで「またかよ」という感じがするが今回はそんな事は無かった。

特に最後のは素晴しかった。 磁性体の微粒子を(強磁性を失わないように)どうやって作って、 それを官能基と結びつけて (これができれば細胞の受容体に合わせて大抵の分子を結びつけられるらしい)、 それが細胞に選択的かつ無害に取り込まれて、 癌細胞を充分に殺せる程に(交流磁場で)加熱できる…… という話を実験的に次々に検証してゆく。 私など癌の温熱療法は既に完成したも同然、と思ったくらい。 というか、 「機能性……」 につきまとう「胡散臭さ」をきれいに吹き掃ってくれた事の方が大きいかも。 しかも、私のような素人のみならず、玄人衆をも感心させたようで、 (多分先輩か上司であろう)パネラーの一人が、わざわざ「質問」に立って激賞していた。

「医工融合のリーダ(人材)育成」がシンポの主題であったが、 お役所の作文みたいな(本当に文科省のお役人が出てきたのには驚いた)「あるべき姿」 を云々するより、「このような研究者を育てよう」と言った方が絶対話が早いと思う。 ちなみに、その方は磁気分野の物性物理学出身で女性——さもありなん。 もひとつちなみに、先のお役人も女性でありました。

自分も感動したので、ついつい前置きが長くなったが、Windose の話であった。 その一柳准教授が登壇して、ご自分の PC からプロジェクタに繋ごうとするのだが、何も出てこない。 教授は「PC が sleep してしまったようで……」なんて、 その場を取り繕うというか、スタッフや PC を庇っておられたが、そんな訣はないでしょう。 これこそかの有名な「ここぞという時立ち往生」現象なんですよ、Windows PowerPoint の。いや、久し振りに実物を生で見ました。そう言えば、 もうお一方も壇上でページが送れなくなって往生していた(こっちは、座り往生)。

という事で長く忘れていた Windose の話。何でも Windows 8 の preview 版が出るんだとか。Microsoft ってまだ有ったの、なんて酷い事を言う人もいるが、 話題に上らないからといって「ダメな会社」という事はない訣で、 むしろ静かな方が「だまって漢の仕事」をしているようで、 私などには好感が持てる。 (「がんばれゲイツ君」の再開を心待ちにしているのは、また別の話;-p)

と書き始めたものの、Vista も W7 も殆んど使った事がないので何も貶す、もとい、話す材料がない。 XP への不満(度々の Blue Screen, フォントレンダリングのしょぼさ、WiFi ドライバの不安定さ、Command Window の為体、馬鹿げた permission system, etc. etc.)を今更ぶちまけてもなあ、と思うし。 しかし、そう言えばあのアイコンの「ださださ」は少しは改善されたのだろうか。 シンボルマークの「窓」が、「ダリの時計」風から、 普通の真っ直ぐな窓に直ったところを見ると、 「あれはホンマにださい」という事にやっと気がついたらしい。 が、今度はマトモすぎて、面白味に欠けるような。 (「どうあっても褒めたくない」ように聞こえるかも知れませんが、 そんな事はありません。)

等と思い出したように悪口を言っているのは、諸般の事情で Windows を新たに導入せざるを得なくなったから。誰か、ThinkPad の XP を、そのまま Fusion に移す方法を知らないかなぁ。

2012-03-04 (Sun): どうも「そんな事はこの Microsoft が許さない!」らしい。 5 時間近くもかけて、X200 から Fusion 4 (on MacPro) に移したのに、 activate できない。Support Center に電話したら、25桁や 54桁!の数字を色々読んだり書いたりさせられた上に、結局「PC についてきた OS は、他の PC では使えません」の一点張り。 まあ、半ば予想していたとおりだし、Fusion の Assistant に警告されてもいたが、 「今ここで新たにライセンスを購入して activate できませんか」 という最後のお願いにも「できません。そもそも XP はもう売ってません」で、おしまい。 前回 activate したのが何のためで何時の事だったか思い出せないが (そもそも、activate という言葉を Fusion の Assistant に言われるまで忘れていた) 相変わらず「ユーザは不正を働くもの」「アンタのデータより我が社の儲け」 と言わんばかりの対応であった——確かに以前よりはちょっとソフトになったのは認めるが。

2012-02-25 (Sat): ビジネスモデル(その 2)— 恒産無き者は……

先々週は尤もらしい事を書いたが、 実のところは、セミリタイア生活をいかに憧れの「高等遊民」の生活に近付けるか、 というあたりが、関心の的なのであった。

この「高等遊民」、いつどこでそんな横着というか年寄臭い「夢」にとりつかれたのか…… 高校(高専)生の時代から、そんな事を嘯いていたような気がするので、 とにかく大昔で、どなたの影響だったものやらもはや思い出せない。が、 ひょっとしたら和田先生だったかも——この人は凄い読書家だった。 さして広くない官舎は、机の下から廊下まで、本が溢れていた。 本当に色々と影響を受けたが、しかし、「高等遊民」に関しては、 高校生の自分に理解できたのは、 「とりあえず旧制高校あたりの教師になればよかろう、と○○は言っている」くらいだった。 しかし、現実は甘くなく、旧制高校がもう無かった事は措いても、 そう簡単に教師の口が有る訣がなくて、 また、すぐに稼ぎ始めないといけないという家庭の事情もあり、 某(日の丸)コンピュータメーカー等という「遊民」とは対極の世界に飛び込んでしまった。 (その頃の同社は残業が月に 100時間などというのはザラだったような……) それやこれやで、 「感染」はしたものの「発病」(遊民生活実現の見通し)は遠退くばかり。

そんな中で「感染」を維持・補強してくれるのは、 勿論他でもない漱石師の作品である。 中でも「猫」の寒月さんが私のお気に入りだった。 今でも大好きではあるのだけど、 先日紀伊国屋でふと見掛けた、 小山 慶太「寺田寅彦——漱石、レイリー卿と和魂洋才の物理学」 を読んで、彼への傾倒が若干冷めつつあるような…… ともあれ、これは自分には「大うけ」と言って良い程大変面白い本だった。 何しろ最初のページから「高等遊民」なんて言葉が出てくる。 その上、副題の Rayleigh 卿の他、Kelvin 卿、Bragg 卿等々、 まあ懐しい名前が、漱石・寅彦とのからみで並ぶのだからこれはたまらん。 これらの古典物理学の巨星達は皆貴族様(Sir がつく)、「超」高等遊民と言って良い。 つまり古典物理学は「超高等遊民体制」の精華である、と。 (大英帝国の帝国主義的略奪の上に咲いたのは徒花ばかりではなかった、 と言いたい人は言っても良いよ:-)

我等が観月君こと寺田寅彦は、貴族ではないが、 明治の世に帝國大学の教授になるのだから、(働かなくて済む) 裕福な家の出である事は間違いなく、充分「高等遊民」の定義に当て嵌る。 何より御本人がそれを自任しているだろう。 でも、この本を読んで「高等遊民物理学」礼賛とはいかない気がしてきた。 とにかく、研究課題が「風流」過ぎるんだなぁ。「尺八の音響学的研究」だとか、 「椿の花の落下運動」だとか……。 それも個人の趣味としては悪くないし、 「高等遊民」の本領発揮というべきかも知れないが、 一方で、量子力学が古典物理学の足元を掘り崩していた時代に、 「大日本帝国の Rayleigh, Kelvin」たるべき地位・立場の人が、 そんな事だけに現を抜かしていて良いのか、と。 (一度だけ、X線結晶解析の分野で先端の研究成果を他と競った事があるようだが、 引き際が潔いというか、執念が足りないというか、あっさり諦めてしまう。 Bragg 父子は後にこの分野への貢献でノーベル賞を受けた。)

つまり、寅彦(= 明治日本的高等遊民)から、Rayleigh 卿(= 「超」高等遊民もしくは貴族的ディレッタント)ヘ憧れの対象が移ってきた…… 閑暇と教養を持ち自由に生きるだけでは何か足りない、「志」が必要であると。 (段々大変な事というか夜郎自大な話になってきた、大丈夫か?) しかし、もとより貴族様とは些と程遠い「身分」であれば、 勢い「目指せ平民的ディレッタント」となるかなぁ。

幸い、働かなくても喰うことはできる立場になった。 いや、その年齢になったと言うべきか——年金をあてにしているという意味。 (こうなると、目指せ!「セミリタイア・ディレッタント」かな。) しかし、世の中、丸腰で志を遂げられる程甘くはない。 つまり、閑暇と熱意が有っても、Kelvin 卿 Rayleigh 卿のような資産が無ければ、必要な「研究環境」を整える事ができないだろう、 うーむ、プロレタリアートにとって、階級の壁は厚いなあ。というのは冗談で、 今どき(分野を選ぶなら)その環境を整えるのに大貴族並の資産は必要ないだろうし、 相当の時間をかければ自作も不可能ではないような気もする(高価なのは S/W なので)。 しかし、考えてみると、今やその時間さえあんまり残っていない。

で、ビジネスモデルである……我ながらちょっと無理が有るが。 まあ、有り体に言えば、恒産なき庶民がてっとり早く資金を作るには、 という話になりますか。


2012-02-11 (Sat): ビジネスモデル

われもかう工房のような、 セミリタイアの「手慰み」に過ぎない超零細仮想企業でも、 ビジネスモデル(「どうやって儲けようか」)は必要である。 これがないと、そもそも「吾も買う」ためのお金が稼げないだろう。 で、必要なのは解るのだが、これがなかなか見付からない。 何しろ元手が無いのだから、余計大変である——というか無理がある。

しかし、元手(資本)には事欠かない筈の大企業とて、なかなか大変のようである。 昨今の P社や S社や S社の巨額の赤字を見ていると、 大勢の優秀な人達が知恵を絞った筈の「ビジネスモデル」が、 比較的短い期間で役に立たなくなるのがよく分かる。 というか、環境の変化に合わせて即応する事や自己改革が、 いかに難しいか、という事かも。 (それにしても、7800 億円の赤字でも債務超過にならない、ってのは凄いね。)

それに引き比べて……というマクラで必ず出てくるのが、我等がアップルさん。 株価もこの二年程一直線に右肩上りで、 「あの時に買っておけばなぁ」という後悔後を経たず。 亡くなった直後の伝記(の書評)や TV 番組は、まるで「聖ジョブズ」と言わんばかりだし。 (さる TV 番組によると、 ジョブズさんが生きていたら空中に画像が浮かぶモニタが実現するんだとか :-)

でもねぇ、そんなに偉いかねぇ、ジョブズさんと、アップル社。 いや、今現在で他と比較するなら優れているのは間違いない。 でも、後方互換性のない機器を平気で出したり (例えば最新のモニタは、もう二代続けて Mini Display Port, Thunderbolt と来ていて、愛機 MacPro には繋らない)、はたまた枯れている筈の Bluetooth に MBA で色々互換性の問題が出たり……(せっかく iPhone で tethering ができるようになったのに、Bluetooth で MBA に繋がらない事があった。) いや、チャレンジ精神は良いんだけど、なんで DVI もつけとかないの? こんなに普及している Bluetooth でどうしてトチるの?という事。 要は「アップルさんの独り善がり」なんじゃないかなぁ。 これではいかん、われもかう工房は、もっと顧客中心主義を貫くぞ……って、 そもそもお客さんが居ないんだってば。

まあこれらは個人的な不満をぶちまけているだけという嫌いはある。 しかし、他にも一つ間違えたら「無謀」と言われる「逆張り」は沢山有る。 (勿論、実際に間違えて失敗した「無謀」も沢山あるが。) 一旦オープンにした H/W をまた抱え込んだ事(これは今のところ「成功」のようだが——かつて私の持った懸念は大外れ。 悔しい :-p) 最近では MPU を内製し始めた事もそう。あろう事か、TV 業界にも打って出るんだとか。 勿論アップルさんの事だから、業界のビジネスモデルそのものを変えるつもりなんだろうけど、 真珠湾(スマートフォン)の大成功で気をよくして、 ミッドウェイ (TV) で壊滅的打撃を受ける、なんて事にならなければ良いんだが。

でも、株を買い損ねた自分にとっては、Mac と MacOS X をきちんとメンテナンスしてくれれば文句はないんだけどね。


2012-01-28 (Sat): オタクの断捨離

思い切って PC を捨てた。もとい、PC Depot で引き取ってもらった。 震災で壊れた無線 TV を無理にモニタとして引き取ってもらい、これと MSI 694D Pro が載ったデスクトップと iMac (ボンダイブルー)で、都合 300 円也。 台車でゴロゴロと押していって、修理カウンターで約 15 分。何しろ PC Depot は我が家の目の前。で、思ったより簡単だった。 (書類を二枚書かないといけなかったけど、 そう思うのは、受付のお兄さんが愛想が良いのにテキパキしていて好印象、 という事も有ったかもしれない。 (だのに、閑古鳥が鳴いている。もっと行ってあげて下さい)

自分でも驚いたのは、さして感慨も無かった事。あまり TV は熱心に見ないし、iMac は家族向けだったので、こちらは無理もないが、 694D は dual CPU で、HDD・DVDD・ビデオカードの追加交換他は勿論の事、 TV 視聴のカードを付け、音声を出すのに苦労し、 マザーボードまで交換したのに、視界から消えても別段寂しくもない。 あんなに時間を注ぎ込んだのに……。(あ、二枚目のマザーボードは、 N井さんから頂いたのでした。勝手に捨ててしまいました、スミマセン。)

ともあれ、机の脇と、物置が大分スッキリした。 それになんと、PC の裏側から愛用のベルトまで見付かったぞ :-p そっかあ、思い切って捨てる方が得策なのね。 よし、どんどん捨てよう。HDD x 3, Memory module x 4、Monitor, PC 電源, ケーブル大量 etc. etc. あれ、この電源何のために買うたんやろか。 多分、今度売った PC を修理するつもりだったのだろうな、きっと。 いかんな、使い道を忘れているようなものを溜め込んでは。 (でも、Quadra 700 みたいに、捨ててしまった事を今だに後悔しているモノも有るからなぁ。)

でも周囲がすっきりすると何故か俄然物欲が湧いてくる、 という事もありそうだ。大型の PC スピーカー、モニタ、Kindle Fire 等々。 とりあえずは踏み止まったものの、品定めに結構時間を潰したし、 断捨離もその精神まで会得するのはなかなか難しい事のようだ。

「われもかう工房」はなんだか不気味な未来(物欲に溺れる)を示唆しているように思えてきた。


2012-01-21 (Sat): Jobs に続け!(若い人は)

帰国して三ヶ月ともなると、さすがに San Diego 通信を続けるのも憚られてきて、 よし、新しい日記を始めよう、ついては形式も一新して……と思い立ってからはや半年。 しかし、一向に肝心の Django や Ajax の勉強を始める気配がない。 これじゃあ、「一新」がいつの事になるやら解らないので、 とりあえずタイトルだけ変えて、ダラダラと続ける事にした。

そのタイトル、昔住んでいたところに因んで「菅仙谷通信」とする予定であったが、 グズグズしている内に菅さんがやめてしまって、 なんだかインパクトに欠けるように思えてきたのだった。 (菅さんの根性無し!) しかしまあ、ちょっと前に「仙谷村通信」というのをやっていた事もあるので、そういう意味でもかなり安易であるな、と。

で、Jobs さんの伝記が評判を呼んでる事もあるので、 起業日記とでもして景気をつけようか……、なんちゃって。 勿論飽く迄「仮想」ですので、 「無理だから止めておけ」なんて御意見は無用です。

実はちょっとした「でき心」から、 起業の心得とか会社経理とかの本を二三冊買い込んできて、読んでみた事もある。 これ、某社の「損失隠し」が明らかになる大分前の事。 (おかげで、報道される事が比較的良く分った。) が、「こりゃあかん、俺には向いてない」というのが結論。 経理や簿記というのがそもそも自分の理解を超えているし、 上の本の中の一冊によると、起業して 1年以上持ち堪えるための要諦は、そいう事を含めて、 如何に他の人を雇ってやってもらう(押し付ける)か、という事につきるらしい。 しかし、それじゃあ、なーんも面白うないやないか。

なので、疾うに「起業」は諦めたが、 やうやく思ひついた社名の「われもかう」は残さう、といふか流用しようと言ふ訣。 もともと会社(商売)の屋号なので、 当て嵌める漢字は「吾亦紅」でも「吾も戀ふ」でもなくて「我も買う」。 (うーん、格好良い。) よう考えてみたら、買ってばっかりじゃあ会社は立ち行かんなぁ。 でもまあ「物欲番長」的ブログのタイトルとしては、 なかなか良いように思える。これで行こう!


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Taka Fukuda
Last modified: 2017-05-28 (Sun) 06:17:22 JST